悪役令嬢に転生したけど推しが中の人だった件について
第6章 ユリウス・ローゼン
ローゼン家の本邸は、白銀の大理石でできた静謐な館だった。
その空気は、まるで魔力で冷やされたように張り詰めていて、
しおり──いや、ヴァイオレットとして目覚めた私は、
その中でひときわ異物だった。
「お嬢様、旦那様がお呼びです。応接間へどうぞ」
メイドの声に導かれ、私は重厚な扉の前に立った。
深呼吸をして、扉を開ける。
そこにいたのは、完璧に整えられた金髪の青年。
背筋は真っ直ぐ、制服の襟元に乱れはなく、
手には分厚い書類の束。
まるで“肖像画から抜け出したような兄”。
──ユリウス・ローゼン。
ローゼン家の嫡男。
ヴァイオレットの従兄弟にして、学園の生徒会長。
そして、ゲームでは“破滅ルートの監視者”でもある人物。
「……ようやく目を覚ましたか、ヴァイオレット」
その声は低く、冷ややかで、どこか疲れていた。
でも、どこかに微かな安堵が混じっていたのを、私は聞き逃さなかった。
「ご心配をおかけしました、ユリウスお兄様」
そう言いながら、私は令嬢らしく一礼する。
けれど、内心はぐるぐるだった。
(え、これがユリウス兄様!?
ゲームでは“冷酷な従兄弟”ポジだけど、声が……声が……!)
彼の声を担当しているのは、あの重低音の貴公子・神原隼人。
理知的で威圧感がありながら、時折見せる優しさがファンを殺す、
“兄属性”声優の代表格。
(ちょっと待って、今「目を覚ましたか」って言った!?
その声で!?その顔で!?)
「……医師の診断では、頭を打った影響で一時的な記憶の混乱があるとのことだが。
お前は、自分が“誰”か、理解しているのか?」
(え、詰められてる!?でも、声が良すぎて怒られてる気がしない……!)
「はい。私はヴァイオレット・ド・ローゼン。
ローゼン家の令嬢として、恥じぬよう努めますわ」
「……そうか。ならば、今後の行動で示せ。
お前の振る舞いは、ローゼンの名に直結する。
……それを忘れるな」
彼は書類を手に立ち上がると、私の横をすれ違いざまに一言だけ、
誰にも聞こえないような声で囁いた。
「……無理はするな。お前は、昔から無理をする」
その言葉に、私は思わず振り返った。
けれど、彼はもう背を向けていた。