悪役令嬢に転生したけど推しが中の人だった件について
第3章 ルシアンと神楽坂蓮
声が出た。
低く、澄んでいて、どこか他人のような響き。
でも、聞き覚えがある。
何度もマイクの前で出した声だ。
ルシアン・ヴァルモン。
俺が演じた、あのキャラクターの声。
鏡を見た。
銀髪、紫がかったグレーの瞳。
完璧すぎる顔立ち。
そこに映っていたのは、俺が“演じていた”男だった。
「……マジかよ」
夢じゃない。
これは、現実だ。
俺は、ルシアンになっていた。
最初は混乱した。
でも、すぐに気づいた。
この身体には、ルシアンの記憶がある。
幼少期の訓練、貴族としての礼儀、魔法の制御。
全部、俺の中にある。
けれど、それと同時に、神楽坂蓮としての記憶も、確かに残っていた。
声優としての仕事。
台本。
収録スタジオの匂い。
そして、あのゲームの世界観。
「……二重の記憶、か」
不思議と、怖くはなかった。
むしろ、しっくりきた。
俺は、ずっと彼の中にいたのかもしれない。
声だけじゃなく、感情も、孤独も、全部。
ルシアンは、孤独な男だった。
氷の魔力を持ち、誰にも心を許さず、ただ静かに“選ばれる”のを待っていた。