第4章 残る想いと結ぶ誓い
香の名残が淡く漂う客室で、白椿は緩めた帯を指先で軽く整えながら、床に横たわる直哉を横目で見た。
「……直哉はん。奥さんのところ、戻らへんの?」
直哉は片腕を枕にしたまま、天井を見上げてポツリと言った。
「今行ったら……嫌なモン見そうや。」
白椿はその言い方だけで、直哉が何を思っているかすぐに悟る。
「嫌なモン、どんなやつどす?」と静かに問いながら、眼差しはどこか意地悪そうで、どこか優しい。
直哉は少しだけ目を細める。
「さあな。考えん方がええわ。」
軽い声やのに、その裏にほんの少しだけ刺がある。
白椿はそんな直哉の胸の内をよく知っている女だった。
窓の外へちらりと目をやり、何気なく告げる。
「……もう午前三時どす。あの子、ひとりで待ってはるやろ。」
直哉の指先が、その一言でわずかに止まった。
沈黙が落ちたがそれはたった数秒だった。
直哉はすぐに身を起こし、乱れた髪を手櫛で払いながら袴へ手を伸ばした。
白椿は小さく笑って言った。
「気にかけてはるんどすなあ、奥さんのこと。」