第4章 近づいて
隣ではさやかが顔を赤くして手で覆ったっきりしばらくの沈黙が続いていた。
これは何かを話すべきかと思った義勇はおもむろに口を開いた。
「これは…聞いた話なんだが、ある組織のトップに近い役職者の男が、同僚の直属の部下の女に恋してしまったんだ。」
「歳は離れていないものの同僚の部下ゆえになかなかその恋が実らず、実った時には同僚もその女に慕情を抱いていたんだ。男は生涯その女を独占できず、嫉妬に身を焼きながら過ごすことになったんだ。」
「何の話ですか…?」
さやかは思わず覆っていた手を退け、不思議そうな顔で尋ねた。
聞いてか聞かずか義勇は続ける。
「その男はずっとずっと後悔していた。愛しい女に上手く愛を囁けなかったことをだ。だが、その男はかなり命懸けの仕事をしていて、女を幸せにできるか確証がなかったことも確かだ。立場を越えるのも難しかった。」
「だから、なんの話…」
「けれど、男はまたチャンスを手に入れたんだ。男は再び女と会えることになった。もう後悔しないために、俺は…。」
義勇は少し俯いて自分の指先を見つめた。