第20章 雨の日の出来事
緒方は古い棋譜を手に、資料室の静かな空間に身を置いている。資料室に入って20分ほど経った頃、スマホが軽く振動する。星歌からの返信だ。
「ごめんなさい、返信遅くなりました。もう帰りましたか?」
いつもの弾んだ声が文字から伝わるようだ。まだバイト中か、忙しそうだなと、緒方は星歌のエプロン姿を思いだす。
「資料室で棋譜を見ている。キミの帰りに合わせる」
「あと15分くらいですけど、大丈夫ですか?」
「大丈夫だ。15分後に棋院前に車をつける」
2人のやり取りがスムーズに進み、約束が交わされる。やかて、雨音が強まる中、緒方は棋譜を閉じた。
15分後、緒方は車の中で星歌を待っている。星歌は緒方の車を見つけると小走りで近づく。
「緒方さん、ありがとうございます!助かります」
助手席に座った星歌のスクールコートに雨粒が光っている。まだ高校生だな… と、緒方はハンドルを握りながら年の差を痛感する。オレ、27だぞ。こんな年の差で… と、棋院のイベントでの芦原や院生たちとの楽しげな様子が頭をよぎる。
「近いからな、ついでだ」
本心を悟られないよう、緒方はクールに返した。
星歌は焼き肉店でのことを思いだして、緒方に話を振る。
「あの、緒方さん」
「なんだ?」
「緒方さんも10代でプロになったんですか?」
「ああ、中学のときにプロになった」
「中学生で…やっぱり囲碁棋士の先生方、すごいですね!」
星歌は明るく答えるが、内心では、中学生でプロ…。やっぱり緒方さん、遠い存在だな…と、複雑な想いが湧いている。緒方さんのこと好きになるなんておこがましいよね…。緒方さんにとって私は、ただの知り合い。今日だって私のこと待ってくれたの?なんて思っちゃったけど、近所だからだよね…と、心が少し縮こまる。
「そんなに大したことじゃないよ」
緒方はクールに笑いながらも、星歌のわずかな異変に気づいていた。この子も、年の差や立場の違いを気にしているのか…?緒方はそう思い、胸が締めつけられるような感覚に陥っていた。