第20章 雨の日の出来事
カフェの窓からは灰色の厚い雲が見え、街並みは初冬の薄暗さに沈む。
「予報じゃ晴れって言ってたのに、降りそうだな」
窓の外を見た白川が呟く。
「本当ですね…。今日、傘ないから降らないでほしいです…」
星歌が少し困ったように言う。
「帰りまでもつといいね」
白川は穏やかな笑顔で返している。2人の何気ない会話を、カウンターの端に座る緒方は、コーヒーを飲みながら、ぼんやりと聞いている。内心では、一柳棋聖が星歌の伯父と知っていながら黙っていた白川に対しての苛立ちがあるが、ここで話題にするわけにはいかないな…と考えている。
「さて、囲碁教室行ってくるか」
白川は立ち上がり、星歌に「雨降らないといいね」と言いながら軽く手を振る。緒方も対局室へ向かうために席を立った。
「ありがとうございました」
星歌の笑顔と明るい声に、緒方の心は少しだけあたたまる。
数人の棋士と検討をしていると、やがて予報を裏切り雨が降り始めた。あっという間に本降りになり、雨が窓を叩きつけている。
志水くん、傘がないって言っていたな…この雨、大丈夫か?と、緒方の心に心配が募る。濡れて風邪でも引いたらどうするんだ…と、いてもたってもいられなくなる。雨足を見ても、しばらく止む気配はない。これは、ただの心配だ。別に深い意味ではない、と自分に言い聞かせ、スマホを取りだして星歌にメッセージを送る。
「雨が降っているが、傘ないんだろ? 帰り、家まで送ろう」
送信後、これでいいよな…これは、ただの気遣いだと、自身を納得させるように心の中で繰り返す。棋士の1人が「雨が降ってきたから検討は終わりにしよう」が言い出して解散になった。
「ちょっと見たい棋譜があってね」
まだ帰らないのか?と聞かれた緒方はそう答え、資料室で古い棋譜を見ながら星歌の返信を待つことにした。