第8章 少しずつあたたまる2人の心
緒方と白川がカフェに向かう途中、売店にエプロン姿の星歌がいた。
「今度こそカフェの出張販売かな?」
軽く笑いながら白川が緒方に言う。
星歌は売店で外国人客に対応している。どうやら売店のスタッフが英語でのやり取りに困り、星歌が助っ人として呼ばれたようだ。客がガイドブックを片手に質問をしている。星歌は頷きながら耳を傾け、少し考えてから流暢な英語で話しはじめた。
「Sure, we have the Go board set you’re looking for. Let me show you the options」
穏やかだが自信に満ちた声。
客はガイドブックの写真とは違った商品を欲しがっているのか、星歌はいくつかの商品を手に何度も説明する。
客は首を振ったり考える素振りを見せたりしていたが、やがて笑顔で頷く。
「Thank you so much! You’re a lifesaver!」
客は目当ての碁盤セットを購入できたようで、満足げに立ち去った。売店のスタッフが礼を言うと星歌は「どういたしまして」と笑顔で返す。
「志水くん、すごいね! 英語ペラペラだね!」
白川が感嘆の声を上げた。
「実は…ニューヨークに住んでたんです。受験のために帰国しました」
星歌は少し迷ったような様子を見せてから話した。口調は自然だが、積極的に話す話題ではなかったことが感じられた。転校してきたとは言っていたが、ニューヨークに住んでいたとは。ネイティブ仕込みの英会話は立派なものだなと、緒方は驚きに目を細める。
「帰国子女か、カッコいいね、学校でもモテモテでしょ?」
白川が茶化す。
「そんなことないですよ」
苦笑いする星歌を見て緒方は、帰国子女だと隠していた理由を察した。
「帰国子女って、なんかいいよな?」
白川がニヤリとして緒方に同意を求めた。
「素晴らしい英語能力だな、志水くんの努力の賜物だろうな」
緒方は、星歌が帰国子女であることを騒がれたくないのだろうと考え、白川の問いは無視して答えた。
「10年近く住んでいたので、それなりに覚えました」
星歌が謙遜して答えた。その笑顔には安堵の色が見えて、緒方の心も静かな幸せで満ちていた。