第7章 芦原の些細な気づき
棋院内の談話室、対局中の昼休憩。芦原は昼食を取らず、先日のカフェでの一幕を思い返している。星歌が緒方に向けた明るい笑顔と、穏やかだが距離のある自分への微笑みが頭をよぎる。もしかして、星歌ちゃんは緒方さんのこと好きなのかな…そんな考えが浮かぶ。
アキラが来て芦原の隣に腰を下ろした。
「芦原さん、お昼食べないの?」
アキラは静かな声で尋ねる。
「なあ、アキラ、緒方さんと星歌ちゃんのこと、どう思う?」
芦原は身を乗りだすようにして口にする。
「…緒方さんと志水さん?…どうって…」
アキラが言葉を選ぶような様子に芦原は気づいた。
「遠慮しないでいいから」
芦原はアキラの言葉の続きを促した。
「…ボクは恋愛のことはよく分からないけれど…何となく…」
「何となく…?」
「…緒方さんは、志水さんのことを…好きというか…気に入っているのかな…とは思う」
「え?そっち?」
「そっち、ってどういう意味?」
「いやオレは、星歌ちゃんが緒方さんを好きなのかと思ってて…」
アキラの思いも寄らない言葉に、芦原の胸のざわめきが一層大きくなっていた。
「…ボクは志水さんのことはよく知らないから…。でも、カフェに行ったとき、緒方さんは志水さんに対してあんなに優しい顔するんだな…とは思ったんだ。…でも、ボクは緒方さんの囲碁棋士としての顔しか知らないし、女の人と話すところなんて見たことなかったから、気のせいかもしれないよ」
思いを正直に告げてから芦原のことを考えて、自分の意見を否定するような言葉もアキラは口にした。
「もしかしたら両片思いってヤツなのかなぁ…。でも、2人がまだ付き合ってるわけじゃないなら、オレにも可能性はあるよな?」
「…うん、そうだよ、芦原さん、元気出してよ」
泣きそうな顔の芦原にアキラはそう言うしかなかった。
「緒方さんだって、まだ星歌ちゃんと知り合ったばかり、オレだってまだ追いつける。押しが強すぎたから、これからは少しずつ距離を近づけるぞ」
左手をギュッと握りしめて、決意を噛みしめるように芦原が言った。
アキラは、芦原を応援したい気持ちは山々だが、ライバルが強力すぎるかもなぁ…と考えていた。