第16章 気になる過去 ❦
待ち構えているのもどうか、とベランダで煙草を吸う。
自分は、日光より月光だ、と言った繭結に空を見る。
(月、出ちょらんな)
フェンスに肘をつき、俯いた頭をわしゃわしゃと掻く。
自分の中では、繭結が元彼の妹だと言う女の前で啖呵を切った事で、一つ、区切りがついたと思っている。
それまでは、もし、繭結が元彼とやり直したいと思うなら、送り出してやるつもりだった。
彼女がそれを望むなら、笑顔で「幸せになりんしゃい」と手を振ってやろう、と。
疾うに自身の中から消え失せた想いに、寒気がする。
(誰にも渡しとぉない)
コロコロと変わる表情も、僅かなことにも興味を示す好奇心の旺盛さも。
彼女が、わずかにでも描いていたであろう元彼との未来を、自分の色に塗り替えてしまいたい。
もっと彩りよく、鮮やかに、リアルに。
丸井のレストランでの食事の時。
幸村が言った「早く婚姻届を出してしまえ」の言葉に、それもいい、と一瞬考えた。
けれど、そうなれば、まだ何の歴史も無い2人の事が、『元彼との延長線上』になるのは目に見えている。
それは、耐え難かった。
(もっと、繭結ん中に、俺を...)
「雅治さん」
振り返ると、カーテンから顔を覗かせて、いた、と微笑む繭結。
「それ、吸ったら戻る?」
手元のタバコを示す繭結。
「いや、もうよか」
1/3しか減っていないそれを灰皿に捨てて部屋に戻ると、しっかり鍵を閉め、ローテーブルにタバコ箱とライターと灰皿を置いた。
無言の部屋に、見ないようにしていた繭結を仕方なく見る。
「やっぱり、めっちゃ大きい」
伸ばした両腕の先でヘロン、と垂れ下がる袖。
「んっと」
えーっと、と視線が落ち着かない繭結に歩み寄る。
「よぉ理解したの。
にぶちんのくせに」
「なっ!
わ、悪うございましたっにぶちんでっ」
膨れる繭結の頭に手を置く。
「『ソッチ』方面には勘が効くようじゃな」
「うるさい」
ムス、として見上げてくる頬にキスをすると、石鹸のいい香りがする。
すり、と頬を擦り合わせると、雅治さん、と呼んだ唇に再びキス。
一度離した唇に、もっと、とシャツの袖を引かれると、あとは求めるままに強く、抱き寄せた。