第3章 仁王 雅治
「弁護士なんて、資格も無いのに名乗っていいの?」
「俺は『弁護士事務所の者』としか言っとらんぜよ。
じゃが、あの動揺ぶりは、浮気クロじゃ。」
繭結の予想通り、電話先から聞こえたのは、元カレの声。
電話に出たマサは、聞いたことのない声色で淡々と言った。
自分は法律事務所の者だ
そちらの浮気に関しては、前々より疑惑を持っており、すでに証拠は掴んでいる
これ以上彼女につきまとうようであれば法的手段も考える
と。
それを聞いた電話口の人は、関係ない奴が男と女の間に入ってくるな、と喚いた。
それを、そうですか、そうですか、と聞きながら、自身の携帯のメモで「男の勤務先」と見せてきたマサに、彼の携帯を拝借して社名を告げると、「それでしたら」とそこ宛に内容証明書を送る、と言った途端、それだけは、会社だけは勘弁してください、と急に下手に出始めた。
「こちらとしても...彼女には平和的な交際の解消を勧めてはいますが、精神的にとても弱っていらっしゃいますので、今後はご連絡はお控えください」
おまんの名前は?と書かれたページのまま渡された携帯。
藤波 繭結
ふじなみ まゆわ
ふりがなもつけて渡す。
「今後、藤波様への連絡は、私を通して頂きますようお願いします。
おって、私の連絡先をお伝えしますので。
失礼します。
え?ああ、これは失礼しました。
私、事務の者でサイトウと申します」
偽名じゃん、と携帯を持つ彼を見る。
さて、と今度は自身の携帯を操作し始めたマサ。
「ほれ」
返された携帯に、メッセージが届いていたが、差出人の『まーくん』に覚えが無い。
ダーツボードが設定されているプロフィールには、机の上の免許証と同じ『仁王 雅治』。
「ややこしくならないといいなぁ」
「なんじゃ、婚約でもしとったか?」
「婚約...正式には、してないけど、そんな話をした気も、する」
ふーん、と、ローテーブルに肘を置いた片腕で頭を支える雅治。
「そんじゃ、俺と婚約したらいいぜよ」
「...は?」
「口約束の恋人より、効果があるじゃろう」
「何をおっしゃってるの?」
「よろしゅう頼むぜよ、婚約者(フィアンセ)」
恋人と別れて数時間後に婚約者ができるなんて、誰が想像できただろうか。
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