第13章 新生活
(どうしようかな)
先のフロアには、元彼の会社。
(鷹司さん、いるかなぁ)
誰か通ってくれればいいんだけど、と廊下をキョロキョロするが誰もいない。
(内線調べて架けてから行けば良かった...)
要領悪いなぁ、と自己嫌悪していると、エレベータの方から人が来た。
首から提げられているネームホルダーに、『高見物産』とあり、声をかけてみようか、とあの、と言いかけた。
「大迫さん、なにがあったんですかねぇ」
元彼の名前に、ビクッ、と立ち止まる。
「伊藤さんが現場にいたらしいけど、なんか、女関係らしいな」
「男女のもつれってやつですか?」
「かなぁ?
鷹司課長、また昼から警察行くらしい」
「大迫さん、どうなるんですかね...」
「なんにせよ、会社には戻れねぇんじゃねぇの?」
「プロジェクト、どうなるんでしょうか」
背後の繭結に気づかないまま、2人は先の電子ロック付きの扉の向こうへと消えた。
回れ右をしてエレベータに乗り込み、1階へと向かう。
(まだなにも、終わってない...)
自分は「現場」を離れるけれど、そこに残る人もいる。
そして彼に、慶太に関わり続ける人もいる。
(どうしようかな)
手に提げたサブレとガレットのセットを見て溜息をついた。
よっ、と、という声に、ん?と振り向く。
「っ忍足先生っ!」
「逃げた幸せ、捕まえとったで。お嬢ちゃん」
え?と呆けていると、はいどうぞ、となにかを摘んでいるような手を差し出され、ど、どうも、と「無」のなにかを受け取る。
「忍足君...あら、」
「鷹司さんっ」
彼の向こうの彼女に、よかった、と駆け寄る。
「よく知らない人からあまり物をもらっちゃダメよ?
医者だからと言って、合法な薬だけをくれるとは限らないから」
「なぁ、鷹司はんの中の俺ってなんなんですか?」
「...やぶ医者?」
「やめてください。
業務妨害で訴えますよ」
「ならあなたは『わいせつ物陳列罪』ね。
『歩くアフロディジアック』と言われた忍足先生?」
「ちょっ!なしてそれ知っとるんですかっ!?」
「越知くんから聞いたわよ?
大学でそう呼ばれてたって」
「越知はん、なして知っとるんや...」
アフロ...?と首を傾げると、気にしなくていいの、と鷹司が微笑んだ。