第2章 はじまり
ピンポーン
突如なったドアベルに、咄嗟に離れようとした体を抱き寄せられる。
ピンポーン ピンポーン
繰り返し鳴るドアベル。
ドンドンドンッ
今度は打ち叩かれる玄関ドア。
マサのシャツにしがみつくと、そっと肩を抱かれて奥へと向かう。
「近くまでは来とったがか」
吸い差しのタバコを渡され、ローベッドの上に座らされると、ロフトを上がっていく。
ドンドンドンッ ドンッドンッ
容赦無く続く打音に、着信拒否された電話番号を再度表示させようとした時、スタッ、と隣に降りてきた影。
「え、」
「上、上がっときんしゃい」
最後に、すう、と深く煙草を吸って、んんっ、と喉を擦る彼は、赤い髪に黒い瞳。
破れたデザインのシャツの袖は手が見えないほどの長さで、同じ破れたデザインがあるダメージジーンズに銀のスタッズの白ベルト。
冷たい鉄製のはしごを登ってロフトから下を覗くと、すでに彼の姿は無い。
「はーい、誰〜?」
高めの男声が玄関から聞こえる。
扉の開く音と怒鳴った声に、バクバクと心臓が早くなった。
え、誰?という声の戸惑いに息を潜める。
「あー、それ、向こうのアパートの人だと思うよ
同じ車でエンジン音うるさいから、よく間違えてクレーム入れられるんだよね
ほら、あのアパートの1階の角部屋の人だよ」
すいません、と声の後に閉められた鍵の音で、ようやく息を吐く。
「帰したぜよ」
もとに戻った声にロフトから顔を出すと、赤いウィッグを手にした彼の姿。
タバコは、持っていなかった。
「劇団員?」
「いうたじゃろ。詐欺(ペテン)師ぜよ」
ウイッグを置いてシャツを脱ぐと、白のトレーナーを着込む。
一瞬見た体が、細い割に鍛えられていて、ペテン師若しくはバーテンダーという職にしては筋肉がついていた。
「何かスポーツをしてた?」
「バスケットをな」
「ああ、なんか似合う」
「そうか?
降りてきんしゃい」
うん、と梯子に足を掛けかけると、ほれ、と伸ばされる腕。
「まーくんに飛び込んで来んさい」
ほれ、と言われ、恐る恐る梯子から振り返り、行くよ?と身構える。
「来んしゃい」
「せーのっ」
抱きとめてくれる保証なんてなかったけれど、それでもいいや、と何の保険もなく飛び降りた。
たった一瞬にも満たない跳躍でも、アイスブルーの瞳は確かに私を捉えていた。