第12章 勃発
駆け寄ってきた警察官が雅治を見て、無線に、「けが人一名、成人男性、20〜30代、腹部から出血」と伝えるのを、あーええのええの、と忍足医師が止めた。
「こいつ、マヨラーならんケチャラーやねん。
ポケットにいーっつもちいこいケチャップ詰め込んどるから、コケた拍子に破れたんがあったんやなぁ」
「はい?」
怪訝そうな警官に、なあ?と忍足医師に聞かれた雅治は、どこにあったのか、開封済みの小さなケチャップの袋を出した。
「ストックが一気に減ったナリ」
「やから言うたやん。
お徳用買うて小分けしたがええて。
いくらオジャンになったんやろ」
「...生き残り」
雅治の指先に摘まれた5包の小分けパック。
「25個がお陀仏ナリ」
「コンビニでアメリカンドック買うてストック増やし」
「フランクソーセージ派ぜよ」
「知らんわ」
「は?えー、はぁ...
ええっと、ケガとか、されてる方は...?」
「「おらんぜよ/いてへんなぁ」」
なら良かったです、と戸惑いがちの警官は、変なものを見る目でパトカーへと向かう。
「いっこ、貸しやで」
そう言って未開封のポケットティッシュを二つ、差し出した忍足医師。
「優しいのぉ、忍足センセイ」
それを受け取った雅治は、手についた赤をペロッ、と舐めた。
呆然としている繭結に気づいた雅治は、舐めるか?とケチャップがついた手を差し出してきた。
とっくに引っ込んだ涙で潤む瞳を伏せた繭結。
「やりすぎたんと違うか?」
あーあ、と心配そうな忍足医師に、繭結、と顔を寄せた雅治。
「っ痛ってぇっ!」
痛い痛い!と、繭結の白い歯にガッチリと噛みつかれた指を引き抜こうと、腕を振る雅治。
「離しんしゃいっ!痛いぜよっ」
「あたひのしんぞーはもっと痛かったー!」
いいーっ!と雅治の指に歯を立てる繭結。
「やめんしゃいっ!」
「フランクフルトもアメリカンドックも、二度と買うなー!」
「わかった、わかったぜよっ
っあぎあぎしなさんなっ」
それって、と少し離れて、2人を見守る忍足医師。
「オムライスもあかんの?
ケチャップナポリタンもあかんのかな?」
「赤を口にするなっ!ぃい〜!」
「骨をガリガリしなさんなっ」
しっかりと食い込む繭結の歯型は、丸一日消えなかった。
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