第11章 蜻蛉の羽化と資料の見てくれ
違うか?とバインダーを構えた忍足医師に、苦笑い。
「はい、では改めて。
えーと『前の恋人と別れた直後に彼ができたわけですが、それでよかったのでしょうか?』やったか。
うん、ええんちゃう?
それアカンいうたら、恋愛するな言うんと同意やろ」
そういう忍足医師の左薬指には銀のリング。
「奥様との交際期間長いですか?」
「そやねぇ、籍入れたんは28やから、12年?」
「長っ!
12年...雅治さんと同級生なんですよね。
28...30?えっ!忍足先生30ですかっ!?」
「喜んでええ方?
キレてええ方?」
「あっよ、喜んでください」
「わーい」
そう言った忍足医師の表情は変わらない。
(なんだろう。この独特の...間?
マイペース感満載という感じがちょっと雅治さんと重なる気が...)
あとズケズケ言ってくるところも、と少し口元が引き攣る。
「ひとつ、心理学的知識がある人間からの諸注意や」
「あ、はい」
諸注意?と背を正す。
「人間っちゅう生きもんの中には、当たり前にあったはずのもんが失われた時、それを埋めるため、1、別のものを探すタイプ。2、何が何でも奪い返そうとするタイプ。今2つに大きく分けられる」
「はい」
「極稀に、3、即座に諦めがつき、失くしたものすら忘れる言うんがおるが、なかなかレアやからこの際無視。
2やった場合、情、掛けへんほうがええで。
距離置かんと、自分が『それ』になってまうからな」
12時の時報が鳴り、時間ピッタリやな、と忍足医師は微笑んだ。
「自分を好いてくれるか、より、自分が好きか、が大事やで。
もちろん、それ前提に自分を好いてくれるんが最高なんやけど」
そこまで求めたい相手やと思えるならええなぁ、と独り言のように言って、席を立った。
「お疲れさまでした。
なんや、気になることとかまた相談したいことあったら、いつでも言うてください」
「ありがとうごさいます」
「面談は以上です」
何処かで慶太への想いを簡単に忘れ、雅治に気持ちを焦がす自分を許せていなかった。
そして、もしかしたら自分は、空いた慶太の席を埋めたいだけじゃないか、と自分を疑っていた。
(できった羽は、放っておいても飛べるようになる)
いつ飛び立つのか。
最後の羽を出す時は、すぐ、そこ。
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