第11章 蜻蛉の羽化と資料の見てくれ
「自分、トンボに羽根が4つあるん、わかる?」
「あ、はい」
確かに、グラフは上から見たトンボに見えないこともないが、あまりにバランスが悪くないだろうか?と忍足医師を見る。
「トンボてな、背中の羽根、根元あたりから羽化すんねん」
「...はい」
「こっちん羽、全部蛹から出ても、こっちん羽出らんと飛べへんわな」
左右の棒グラフを示す言葉に、ですね、と言う。
「こっちはもう出切っとるから、放とったら飛べる羽なる。
やのに、『はよ飛ばんと』て、こっちの羽ばっかり伸ばすやつおるか?」
長い棒グラフを示していたペン先が動く。
「しかも、トンボて、羽3枚でも飛べんねんで」
「へぇ」
棒グラフの一つを指で隠す。
「このグラフ、会議ん出す資料やなくて、己のメモやとしたら、自分、この棒グラフ、わざわざ消しゴムで消すか?」
「いやぁ」
めんどくさいですね、と苦笑する。
「やなぁ。
俺やったら、これでおしまいや」
そう言って、ペンでバツをつけた。
「出きっとる羽に力入れるトンボ。
ただのメモやのに、わざわざ時間とって消しゴムかけるやつ。
世間一般に、こいつらは『アホ』や思われる」
視線を脇に逸らした繭結。
「『消そかなぁ...消したほうが見栄えはええよなぁ
いや、人に見せるわけちゃうし...うわっけど気になるわぁ』
『はよ乾かさな、はよ飛ばな』と最後の羽根を出し忘れる蜻蛉
こういう奴にどう思う?」
「えっと...」
ちら、と腕時計を見た忍足医師は、はい3秒経過。と言った。
「対人間やない問題は、3秒が限界やで。
3秒で即答でけへんことは『考えるだけ無駄』や。
けど自分、口にはせんだけですぐ思うたやろ。
『うだうだ言わんと消すなら消せ』『早ぉ4枚目出しぃや』と」
「うぐぅ...」
胸を押さえる繭結。
「そして、そうやってやらんやつは、『時間』に頼ってやるだけ無駄やとわかってることを、わかってて延々と繰り返すやつや」
「ぐっ」
「グラフかてそう。
大事なんは、グラフの形やのぉて、数字やろ」
会議でそこは評価されへんのよと忍足医師は言った。
「頑張ってここまで作り上げてきたんはわかる。
せやけど、意味ないんやったら容量食うだけのゴミちゃう?」