第11章 蜻蛉の羽化と資料の見てくれ
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「自分、仁王の事、好きなんか?」
「へっ?」
忍足医師の言葉に、ええっと、と意味も無く髪を耳にかける。
「建築士をしているそうなので、どんなお仕事なのかな?とか、関わられた建物とか、見てみたいな、とか...思いますね。
あっ、バーで、バーテンダーのアルバイトをしているそうなので、ほら、こういう...『バーテンダーさんといえば』みたいなの、似合いそうじゃないですか?」
シェイカーを振る仕草をした繭結。
「テニス部だったって言ってたし...
当時の試合の様子とか、記録があるなら見てみたいなぁ、とか。あんまり、スポーツのイメージが沸かないのでどんな感じかなぁ?とか」
あれ?と何かに気づく繭結。
「私、結構雅治さんのこと、好きみたいですね?」
「お、いまさら言うか?」
あれ?と考える彼女に微笑む忍足医師。
「ビデオカメラ回しとったらよかったなぁ、思うたわ」
「はい?」
「全然ちゃうよ。
別人か言うくらい」
手元でなにか書く忍足医師に、なにがですか?と聞く。
「元カレん事話しとる自分と、仁王ん事話しとる自分」
テーブルに出された白紙を覗き込む。
「元彼とのこれまでの『時間』と『経験』。
仁王に対するこれまでの『時間』と『経験』」
『元彼』『仁王』と書くと、その間に引いた一本線を境に、左右に伸びる棒グラフのようなものを書く。
『元彼』は長く、『仁王』は短く。
「それらに対する、今ん藤波はんの気持ち」
そして、チョン、とペン先で『元彼』の横に印をつけ、『仁王』の横に細長く枠を描く。
「これ、グラフやとか絵やとか聞かされんと、パって見て、どない思う?」
「...バランス悪い?」
「指摘するとしたら、藤波はんやったらなんていう?」
うーん、と見る繭結。
「長いのは上で短いのは下、とか、右が長いので左が短いのとか、揃えてバランス取ればいいのに、とか?」
「想定通りの答えをありがとう」
「はい?」
くくっ、と笑った忍足医師は、その紙を手元に寄せ、また、何か書き込んだ。