第11章 蜻蛉の羽化と資料の見てくれ
「私が、やけにならなければよかったんですかねぇ」
あはは、と笑うが、話を聞く忍足医師はニコリともしなかった。
共通の知人がいたからか、話すごとに少し砕けて話してくれるようになったが、険しい表情の忍足医師に、あの、と恐る恐る声を掛ける。
「自分、なして元彼にそんなキツイこと言われたんやと思う?」
突然の質問に、えっと...と考える。
「うーん、マンネリはしていたと思います。
もう少し、私が、彼に...できることはあったかもしれないけれど、それを怠ったが故、というか...」
「ほな、何ができたと考える?」
よぉ考えてみ、と言われ、じっくり思案する。
(ケータのために、できた、こと...)
3年付き合った間、彼のためにやったことは、誕生日や記念日のプレゼント。
繁忙期には、食事を用意したり、彼からの連絡があるまでは控えて待つこと。
デートプランは、慶太がいつも「任せていいよ」という言葉に甘えていた。
お金は、財布を出すと機嫌が悪くなるので、「ありがとう」という言葉を忘れず言うようにしており、毎日では無かったが、平日はランチにお弁当を作ったりもしていた。
考え込む繭結に、忍足医師が、質問を変えよか、と姿勢を変えた。
「自分、今『彼にできることがあったかもしれへん』言うたけど、じゃあ具体的にどんなことや?
『怠ったこと』やのぉて『できたかもしれへんこと』考えてみよか」
「ケータに、できたこと...」
せや、と微笑んだ忍足医師。
(ケータに、できたこと)
労ること?
甘えさせてあげること?
話を聞いてあげること?
ありきたりなことは浮かんでくるが、どれもしっくりこなくて、また、唸る。
何も答えられない繭結は、パチン、となった音にハッ、と顔を上げた。
両手を合わせている忍足医師。
「人間関係の問答に、3分間考えて答えがでぇへん時は、3年後にも答え無いねん」
「はあ」
「3年付き合って、3年後にも答えが出ぇへん関係やったんやと思うで、その彼とは」
「3年後...」
慶太との3年後、と考えてみる。
(今と変わらない?
いや、結婚はしてたかも...結婚して、)
それで、とまた考え込むが、子どもがいた?仕事はやめていた?家でも買っていた?と具体的なことが何も浮かばなかった。