第11章 蜻蛉の羽化と資料の見てくれ
時間ピッタリに鳴ったノック。
「失礼します」
受付係の制服を着た彼女は、よろしくお願いします、と扉の所で頭を下げた。
「医師の忍足です。
どうぞ」
「失礼します」
勧めた椅子に座ると、えっと、と緊張した面持ちで視線を彷徨わせる。
「まあ、そう緊張せんと。どうぞ」
机上に名刺を置き、バインダーを開いた。
「おしたりさん、」
「はい。忍足です」
珍しいでしょう、とペンを持つと、あの、と遠慮がちな視線。
「仁王雅治、という人をご存知ですか?」
「...ん?」
「えっと、白髪...というより銀髪?で。
こう...『お前さん』とか、なんとか『ぜよ』っていう口調で、」
それから、と言う彼女を見る。
「あっ、ここ。
襟足のあたりだけ長くて結んでる...」
頭に浮かぶ知り合いと一致する特徴にペンを置く。
「あいつ、同い年やったな。
今年、29か30で、ちぃと猫背で、モノマネ言うか声真似言うか...人ん真似がうまい立海大付属卒ちゃう?」
「それです!」
やっぱり雅治さんの知ってる人なんだ、と呟いた彼女。
「仁王の知り合いなん?」
「あ、えっと、その...お付き合い、を」
「...ほう」
世間狭すぎんか?と頭の中で整理する。
(えーっと...
鷹司はんの部下の元カノが仁王の今カノ?
なんやアイツ、略奪愛でもしたんか)
飄々として掴みどころのない奴だと記憶しているが、まさかこんな所で聞く名前だとは思わなかった。
「あの、」
困惑している顔の彼女に、まずは話を聞くか、とペンを取る。
「今回、メンタルヘルス面談言うことになっとるんですけども。
最近、ご自身の周辺、仕事や家族、何でも含めて、心配事やとか悩み事、あったら話してもらえませんか?」
「あの...本当にものすごく、私事というかプライベートなんですけど」
「ええですよ。
話してください」
彼女は話せる心情なんだろうか、と構えたが、思いのほか、落ち着いていた。
「はい。
実は、彼...あ、えっと、雅治さん...じゃなくて仁王さん、と交際が始まったのはごく最近の事で。
それ以前にお付き合いをしていた人が、同じ社屋の方でして、あちらより、関係の解消を提案されまして」
彼女が選ぶ言葉には、仁王にも問題の元彼にも配慮があった。
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