第11章 蜻蛉の羽化と資料の見てくれ
「医務室」とは名ばかりの小会議室のような部屋で、福利厚生の一環として、このビルに入る企業から希望を募る「産業医面談」に先月申し込みが有り、出向いていた。
ノックの音に、空いてますよ、と返事をする。
「久しぶりね、忍足くん」
「鷹司はんやないですか。
あれ?予約もろてました?」
バインダーを捲ると、違うわ、と扉を閉めた同じ中高の先輩。
「次の子、私が同席していいかしら」
「本人の承諾があらへんと、」
「取ってるわよ」
当たり前じゃない、と鼻で笑われた。
「はあ、『同席面談』ですか」
ええですけど、と、向かいの椅子に掛けた鷹司が差し出した紙を受け取った。
「藤波 繭結。23歳
高卒採用。5年目ですか」
採用時の履歴書とこれまでの異動経歴が書かれた資料に目を通す。
履歴欄の早い段階で経歴が終わっているが、2枚目があった。
「え、ええ?」
それはまた別の人物の資料。
そこにデカデカと貼られた付箋には、「元彼 ストーカーなりかけ メンヘラ男」の走り書き。
「いや、」
これあかんやろ、と向かいの先輩を見る。
「チョットごたついてて」
「商社の若手と受付嬢なんや、ええカップルやないですか」
「だったのよ」
なんで別れたんですか、と資料を捲る。
ざっと目を通した履歴や社内業績から見受けるに、男の方は将来有望株と見受ける。対し、女の方は短大卒のごくごくありふれたOL。
「詳細は本人から聞いて。
今言えるのは、このままじゃどちらの業務にも支障を来す事が明確。
どっちかがどうにかなる前に、あなたがどうにかして」
「いや、恋愛相談室とちゃうんですけど...」
「あら、好きでしょう?ラブロマンス」
「ロマンスちゃいますやん。
下手すりゃサスペンスですわ」
「貴方の手でロマンスにしてあげて。
よろしくね」
「無茶言いはるわ」
出て行った鷹司に、なんや元サヤに戻せとかなんか?と資料をみていると再び開いた扉。
「私個人としては、『彼女』の『今の恋』を応援したい気分」
そして閉まった扉。
「事前情報多すぎると先入観働いてまうんやけど...」
やめてほしいわぁ、と嘆息し、恋愛相談室ちゃうねん、と一人ごちた。
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