第10章 Fake?
ガリ、と言う音に視線を落とすと、紙製の設計断面図を破るデジタル設計図用のペン。
(しもうた、)
ペン先がダメになっていないか、パッドの反応を確認し、安堵する。
「仁王さーん」
事務に呼ばれて顔を上げると、ちょっと、と一緒に並び立つ上司に呼ばれた。
「仁王君、今日は来客有り?」
「いえ、特には」
たまには出社するか、と繭結を送ってから事務所に来ていた雅治は、それで?と首を傾げる。
「午後一、出張って頼める?」
「出張、ですか...」
「そんなに分かりやすくめんどくさそうな顔しないで」
悪いと思ってるよ、と苦笑いする上司。
「大手町の取引先まで、印鑑貰いに行って欲しいんだよね」
ハウスメーカー宛の封筒には分厚い書類。
どうやら契約書に押印漏れがあったんだろう。
(大手町...)
確か、繭結が勤務するビルとそう離れて無いな、と住所を確認する。
「お昼出るでしょう?頼むよ」
どちらにせよ、繭結の仕事が終わる頃を見計らって事務所を出ようとは思っていたので、わかりました、と封筒を受け取る。
「悪いね」
よろしく、と言われ、途中の図案を置いて支度する。
事務所の奥にあるロッカールームで、スーツに着替え、ウィッグをかぶり、眼鏡を掛ける。
事務所のホワイトボードのスケジュール横にある社員の名前から、「仁王 雅治」の欄に「出張→14時帰社後リモート」と書いた。
「それでは」
いってきます、ときっちりお辞儀をし、メガネの位置を整えて事務所を後にする。
「いつも思うんですけど、なんで仁王さんっていつも変身?変装?してるんですか?」
変な人、と見送る事務係。
「趣味らしいよ
ちなみにさっきのは中高の同級生だそうな」
「気まぐれにしか来ないから、たまにお客様なのか彼なのか紛らわしいんですけど」
「わははっ。
面白い人でしょう?」
「...変わってますよね。
年齢だっていくつなのかわからないし、既婚なのか未婚なのか...」
「彼は未婚だよー。
悪く無い物件だと思うよ?」
「素顔が知れない夫は怖いです」
「確かにっ」
ケラケラ笑う社長に、わからない人だなー、と事務係の女性は首を傾げた。
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