第10章 Fake?
不快な音を立てながら走り去った車。
「っなんっだアイツっ!」
腹立つ奴!と握った拳を震わせる。
舌を出して誂ってきた顔を思い出し、クソっ!と悪態づく。
(繭結の奴っあんな野郎のどこがいいんだっ!?
碌な仕事、してないだろっ)
夢追い人気取りの非正規のくせにっ!と決めつける。
(そうに決まってるっ!
あの車だって、親に買わせたかローンだろっ
どうせ女だって他にもいるに決まってる)
イライラしながら社屋に入ると、おはようございます、いってらっしゃいませ。と言う毎朝の受付係からの声かけ。
「おはようございます
今日も一日、ご安全に」
作業服で出勤する建設会社の社員にそう声をかけている繭結。
「おはようございます
いってらっしゃいませ」
おはよう、と手を振る、顔見知りらしいOLににこやかに手を振り返している。
「おはようございます。
お気をつけていってらっしゃいませ」
通勤者と来客を的確に見分けて声をかけていた繭結の前に、頃合いを見て立つ。
「っおはようございます」
下げられた頭が上がっても合わせられることのない視線。
「藤波さん、今日のお昼、一緒にどう?」
うそ、と隣で小さく溢した、年増の受付係。
「すみません、業務と無関係の話は、」
「仕事の事を話したいんだよ。
誰もプライベートなこととは言ってないんだけどな?」
ねえ?と笑いかけると、そうですね、と焦った声。
「じゃあ、あとで」
返事を聞かずに立ち去る。
何か言いたそうな年増の受付係に、毎日ご苦労さまです、と笑いかけ、エレベータを待つ列へと並んだ。
繭結との関係を知る者は、多くない。
昨年、転職して九州に行った同期と、デートでたまたま居合わせた上司くらい。
(戦略は外堀から、ね)
おはようございます、と心地よい声で出迎えている繭結を振り返り、笑みを零した。
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