第10章 Fake?
「気を付けていきんしゃい」
「気をつけても何も数百メートルですけど...
ありがとうございます
いってきます」
社屋前に停められたロードスターのドアに手をかける。
「繭結」
「はい?」
呼び止められて振り返ると、ちゅ、と唇に低い体温。
「『お守り』ぜよ」
「...なんの?」
「『厄除け』『安全』『開運』...まあ、なんでもぜよ」
「んな万能なお守りあるもんですか」
「それが『愛』ぜよ」
「...自分で言って恥ずかしくないですか?」
相変わらずだ、とわざわざ運転席から降りた雅治をフロントガラス越しに追いかけ、開けられたドアから車を降りる。
「いってきます」
「いってらっせぇ」
社屋に入る直前で振り返り、小さく手を振る。
車の前で、ひらひら、と手を振る背の高い姿に、口元に笑みが浮かぶ。
(よしっ)
頑張ろう、と顔を上げ、入館証で建物に入った。
✜
繭結がくぐったドアが閉まり、振った手を上着のポケットに入れる。
一服してから職場に行こうか、と取り出したシガーケースから一本咥える。
「すいません」
ライターを手に、横からの声の方へ視線だけを寄越す。
ピシッとしたスーツにビジネスバッグを手に下げている男の睨むような視線に睨み返す。
「あなた、彼女とはどういった関係ですか?」
火をつけた煙草から吸った紫煙を吐くと、迷惑そうに顔を顰めた。
「人にものば聞く時ゃ、先ずは名乗りんしゃい」
「っ人の女に手を出すような不審者に、名乗る名前はないっ」
「おかしなことば言うのぉ
人のモンに手を出した覚えは無いぜよ」
鞄を持ち直して伸びてきた腕から、ひょいと逃げる。
「彼女は今、どこにいるっ」
「こん中で、制服にでも着替えとるんじゃあなかか?」
「お前っ人を誂うのも大概にしろっ」
「大概にするんはそっちぜよ。
己がフッたんじゃろ。
潔ぉ身ば引きんしゃい」
一度、碧い瞳で慶太を睨む。
ロードスターに乗り込むと、ハンドルを握ってエンジンをかけ、運転席の窓を開ける。
「男らしゅう、愛しとる女の幸せば祈ってやんなっせ」
じゃあの、と朝日の眩しさにサングラスを手に取る。
「ひとつ、答えろ」
「嫌」
サングラスを少し下げ、ベッ、と舌を出すと、3車線の道をターンして職場へと走らせた。
✜