第8章 彼が彼氏で、貴方は誰がし?
「だから、早めに婚姻届、出してきなよ」
「まあ、ゆくゆくは、な」
「仁王はマイペースすぎるよ」
ちら、と横に向けた視線の先の顔が、サッと逸らされた。
「ちと、繭結んとこに...」
腰をわずかに上げた仁王の腕をガシッ!と掴んだ幸村はニコニコと笑っている。
「向こうは向こうで楽しそうだから、今のうちだよ」
向こうの席の繭結は、桑原、切原と丸井が持ち出してきた立海大附属の中高の卒業アルバムで盛り上がっている。
「いつまでも彼女を放っておくのものぉ」
「そんな事言って、ちょくちょくアイコンタクト取ってるじゃないか。
彼女は2人に任せて、久しぶりにゆっくり話そうか」
「...トイレに行かせてほしいナリ」
「さっき行ったよね?」
「車に、忘れ物を」
え?と微笑む幸村。
「今になって?
財布?いいよ、今日は俺が持つ。
煙草は、俺の前じゃ吸わないでいてくれるじゃないか。
昔からそういう気遣いができるよね、仁王は。
あとは、何が取り急ぎ必要?」
大人しく席に座った雅治は、諦めた顔でカウンターに両腕を乗せた。
「結婚がすべてじゃ無かぜよ、」
「そう言って前の恋人と別れたのは誰?
その本人がこんなに急展開に距離を近づけようと足掻いているんだ。
理由くらい聞きたいよね?」
「...自分だけのモンにしたか、言うだけぜよ」
「じゃあ、手っ取り早く入籍しちゃいなよ」
スピード婚でもいいじゃないか、と笑う幸村に、嘆息した雅治。
「『元彼』の『代わり(レプリカ)』には、なりたくない」
繭結を振り返る雅治。
「恋人がおっても、奪っちゃろうと思うくらいには好いとる。
ただ、ソイツの後釜になるんだけは腑に落ちんぜよ。
元彼と結婚の話も出とったようじゃし、今、すぐに結婚しよう言うても、繭結ん中の俺はまだ小さい。
元彼と積み上げた記憶の先に横入りするだけ。それは、許せんぜよ。
繭結ん中に、俺だけの場所ができてから。
それからぜよ、そん話は」
なにやら大げさに身振り手振りをして話している切原。
それを笑いながら見ていた繭結が、雅治に気付いて小首を傾げる。
ニコリ、と笑って同じように首を傾げる雅治に、なお、繭結は不思議そうに瞬きをした。
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