第7章 住所不定 無職...かもしれない
繭結、と呼ばれ、クローゼットにしまい込んでいた兄からの引っ越し祝い・防犯用の金属バットを手に恐る恐るリビングのドアを開ける。
「あ、藤波さん。こんにちは」
「あ、こんにちはっ」
玄関先にいたのは、不動産屋の担当。
「電話がずいぶんな様子だったから、気になっちゃいまして...
お話だけでも伺おうかと...」
人の良さそうな笑顔に、すいません、と引きつった笑いを浮かべた。
「こちらの方は...?」
ええっと、と口籠る繭結。
玄関ドアに身を預けていた雅治が、す、と動いた。
「婚約者の仁王です」
「ああ!そうでした。
入籍のご予定で、引っ越されるんでしたね」
おめでとうございます、と営業向けの笑顔に、ありがとうございます、と人のいい笑顔を向ける雅治。
「えっと、」
二人を見ながら、言いづらそうな担当に、雅治が言った。
「実は、自分が急な転勤で、再来月から海外に行くことになりまして」
「それは、また」
「ゆくゆくは帯同の予定なんですか、妻にも仕事がありますから...」
「なるほど、なるほど」
大変ですねぇ、と言う同情の視線に、え、ええ、と曖昧に返す繭結。
「それで、ご迷惑は承知の上で先ほどの連絡を」
「そういうことでしたかっ」
うーん、としばらく悩んだ担当。
「少し、お時間もらえますか?」
契約終了、再来月でしたよね、と顔を上げる。
「現在の賃料と同等で、取り急ぎ入居できる部屋、探します」
「っ本当ですかっ?」
「お仕事先、千代田区でしたよね?
通勤時間と間取りが同等、千代田区内でよろしいですかっ」
ぜひ!と言いかけた繭結の遮ったのは雅治。
「いえ、東京駅に徒歩圏内で。
2階以上、オートロック付き、防犯がしっかりした駐車場付きでお願いします」
「...家賃9万以下で即入居可...頑張りますっ」
「それと、即入居と2人入居可。
少々大きめの水槽設備が置ける部屋でお願いします」
「水槽、ですか...?」
「無理を言います」
「いえ、腕が鳴りますよっ」
改めてご連絡します、と帰った不動産仲介の担当。
「さて、見つかるかのぉ」
ねえ、と雅治を見上げた繭結。
「あなた、まさか」
ん?と言った笑顔に、やられたっ、と気づいた。