第6章 王子様なんかいらない
「やってやろうかっ陰湿な嫌がらせっ」
アポの予約取り消せるんだぞっこっちは!と震える。
「捨ててやるわよっこんなものっ!」
玄関先で、鍵を掴んで振り上げた手を掴んだ腕に抱き寄せられ、ううー、と雅治の胸に顔を埋めて唸る。
「おんなじ土俵に立ちなさんな。
格が落ちるだけぜよ」
「そうだけどぉっ!」
地団駄を踏む繭結。
「合鍵以外に、処分に困る奴のもんは、着払いで送ってしもうたらええぜよ」
「ごみ袋に入れて送ってやろうかしら」
「くくっそれがいいぜよ」
喚いて少し落ち着いた気持ちに、はぁ、と溜息。
「雅治さん、冷静だね」
「噛み飽きて吐き捨てられたガムになんの興味もないぜよ」
「いやっ辛辣っ!」
「どちらにせよ、ここは早めに引き上げた方がよさそうじゃなぁ」
部屋を見渡し、のお、と両腕で作った輪の中に納まる繭結を見おろす。
「契約更新、いつ頃じゃ?」
「えっと...あ、そう言えばいつだっけ...?」
待ってね、とチェストの引き出しを開ける。
「確か、ここに...あ、あった。一回更新して...ん?」
んー?と再度書類を探す繭結。
「おかしいな。次の更新の書類が無い...?」
とっくに書類は来てるはず、と漁る繭結の隣で、チェストの上に置かれた契約書類を捲る雅治。
「あれぇー?」
「おんし、更新手続き、しとらんのが無かか?」
「まっさかぁ...あっあった!
更新完了、の、はがき...?」
ん、と固まる繭結。
背後から雅治がその手にある書面を抜き取った。
「『解約通知書(控)。下記の通り賃貸借契約を解約し、賃貸物件を明け渡すことを通知し、遂行することを確約いたします。 xx年xx月xx日 藤波 繭結』」
2ヶ月後の日付に、繭結を見下ろした雅治。
「おんし、今年のうちに引っ越すつもりだったがぜよ?」
「...あっ!」
さあ、と青褪めた繭結。
「慶太が...『いつもどっちかの部屋にいるんだから』って...『俺に荷造りする時間は無いから、マユが、来たらいいよ』って...」
年明けには、元彼が住む神楽坂のマンションに引っ越すつもりだったのだ。
「リアル家無き子っ!」
嘘でしょう!?といつも通りの部屋に、途方に暮れた。