第6章 王子様なんかいらない
気をつけろよい、と手を振る丸井に、ごちそうさまでした、と店を出る。
「ごちそうさまでした」
「気にしなさんな」
「おっとこ前ぇ」
からかいなさんな、と、車に乗り込む。
「本当にテニス部だったんですね。
それに、立海大附属って偏差値高いですよね」
「惚れ直していいぜよ」
「はいはい」
相変わらずだなぁ、と車を走らせる雅治の横顔を見る。
相変わらずの低音のエンジン音。
「好き、」
聞こえないほどの僅かな声で呟いた。
つもりだった。
「俺も、好いとぉぜよ」
「っ聞こえたのっ!?」
「地獄耳なんぜよ」
「あー、それっぽい」
「『それっぽい』ってどういうことぜよ」
「なんでもっふふ、やだっねぇ運転中!」
集中して!と耳元を擽ってきた手を掴む。
✜
郵便物の確認に繭結のアパートの階段を上がると、マユ?と言う声。
「マユ?おかえり、て」
「きさん、なんしちゅうがぜよ?」
「誰?お前...」
廊下の先。
部屋の前の黒い塊は、スーツ姿で蹲る慶太だった。
「マユ、誰?こいつ」
掴んでいた雅治の手を握る。
「繭結は俺の恋人じゃ。
きさんとはもう終わっちゅうが。
つきまとうんはやめんせぇ」
「つきまとう...?
あの時は疲れてて、マユにひどいこと言ったけど...
別れたつもりなんてないよ」
なにそれ、と嫌悪を色濃く示す繭結。
「あなたとは、別れています」
「そんな...でも、ほら。
俺の合鍵、まだ持ってるでしょう?」
「それは、」
部屋に置いたままで放置していたそれ。
「そげなもん、疾うの昔に捨てもうたぜよ」
「...なんでお前が答えるわけ?
ていうかさ、え?あれから一週間も経ってないけど?
それで新しい男がいるわけ?
なに?二股だったとか?」
違う!と言いかけ、間が空いていないのは確かなので、返す言葉が見つからない。
「へー。おとなしそうな顔して...
浮気する女とか知ってたら、付き合わなかったよ。
アンタも気をつけなよ」
こちらに来る慶太は、それじゃ、と手を挙げて階段の方へと向かう。
「そうだ。
会社で嫌がらせとか、陰湿な真似はしないでよね」
そういうの本当に嫌いだから、と手を振って外階段を降りて行った。
✜