第6章 王子様なんかいらない
彼が車を止めたのは代官山。
「隠れ処的レストラン」というのにぴったりな雰囲気の店に入ると、邪魔するぜよ、と我が物顔でカウンターの奥の席に向かう。
「いらっしゃいませ
って、お前かよ」
顔見知りなのか。
接客業としては少し投げやりに、座れよぃ、とカウンターに置かれるコップとデカンタ。
そこに座った雅治の隣に促されて座ると、カウンター下にしゃがんで立ち上がった店員と目が合う。
「連れがいるなら言えよ」
「入った時からおったぜよ」
「ごめんな、気づかなくて。
こいつ、いつも一人だからさ」
手際良くカトラリーやおしぼりを支度する、赤い髪が特徴的な男性。
「丸井。中高の同級生ぜよ」
「ど、同級生っ!?」
嘘でしょっ!?とカウンターを挟んだ2人を見比べると、ガシッと頭を掴まれた。
「何が『嘘でしょっ!?』ぜよ?」
「すみません。失言でした」
「その発言が失言じゃ」
「申し訳ありませんでしたっ」
雅治の左手から解放され、ごめんなさい、と頭を下げる。
「なに?いい感じじゃんよ。彼女?」
こく、と頷いて水を飲んだ雅治。
どうも、と丸井に挨拶する。
「どういうイリュージョン?」
「ぶちくらわすぜよ」
「え?マジで言ってる?」
「マジぜよ。なんなら婚約者ぜよ」
「マジかよっ!?」
「イタリアンプリン、売り切れ...」と上部の黒板に書かれたメニューから消されているそれに落胆した声を出す雅治に聞く。
「婚約者、なんですか...?」
「ん?違ったが?」
「お前等、大丈夫?」
デケェ齟齬発生してねぇ?と言う丸井は、おまかせでいいかよぃ?と皿を取り出した。
✜
鮮やかな野菜がたっぷり乗った白身のカルパッチョ。
パスタかリゾットか聞かれ、選んだリゾットはカボチャの甘さが優しい味付け。
メインのポークソテーは柔らかく、香ばしかった。
「デザートだぜぃ」
真っ白な長皿に盛られたのは、定番のジェラート、ティラミス、パンナコッタ。
「同級生のよしみっ」
そう言って出されたのは、レモン色のシェリーグラス。
「お前、車だろ?」
雅治にはストロー付きのグラス。
「緑茶?」
「緑茶のモヒートぜよ」
飲んでみるか?と一口もらったそれは、甘みのある緑茶。
「おいしいっ!」
甘みの中に柔らかな緑茶の苦味があるそれは、まるで彼のようだった。
✜
