第6章 王子様なんかいらない
15時過ぎに休憩に入ると、バックヤードの廊下で深呼吸する。
ロッカーから持ち出した携帯と、ポケットにしまい込んでいた名刺を見る。
(弁護士、)
何の用だろうか、と恐る恐る、名刺に書かれている携帯番号にかける。
-はい、-
「あの、藤波ですが、」
-藤波様、ご連絡ありがとうございます。
今朝は、突然の訪問、失礼しました-
「ご要件は?」
ドクドクと脈打つ心臓。
はい、と話し出した弁護士の声に固唾を飲んだ。
✜
「『意匠法』?」
「物品や建築物のデザインのオリジナリティを保護する法律ことじゃ。
歌詞や物語を模倣しちゃならん言う著作権の、建築物バージョンとでも言うかの」
「でも、なんでそれで私に?」
「おんしのビルに入っとるどこぞの会社が、訴えられでもしたんじゃろう。
その調査の一環じゃあないかのぉ」
迎えに来た雅治の言う通り、弁護士の要件は、彼が勤務する商社についてだった。
いつからテナントに入っているかとか、人の出入りがどうだったかとか言う話で、彼個人の名前は一瞬しか出てこなかった。
「もう、午前中はそのことばっかり頭にあって...」
「なんじゃ、訴えられる心当たりでもあるがか?」
それは、と言い淀む。
「客観的に考えんしゃい。
『別れよう』とだけ言うて、合鍵を置き去った男。
連絡を絶った女。
女が男を訴え、慰謝料や謝罪費を請求するパターンはあっても、逆はありえんじゃろう。
そげな相談にのるような弁護士は、エセかよほど案件に困っとる『負け弁護士』じゃ」
「た、確かに」
「おんしは考えすぎじゃ。
ちぃたぁがいに構えとかんと、めってしもうてずるないばかりぜよ」
「がい...?めって...?」
ハテナを飛ばす繭結。
「『あなたは考えすぎです。
少しは強くならないと困ってしまって、楽じゃないことばかりですよ』」
「え、標準語しゃべった...!」
「仕事中は標準語じゃき」
「雅治さんの標準語、新鮮だっ」
繭結をチラ、と見た雅治。
「繭結、夜は外で済ませようか」
「っどこから声出してますっ!?」
高めの明るい男声に、演劇部でした?と聞く繭結。
「テニス部じゃ」
「うっそだぁ」
「プリ、」
✜