第6章 王子様なんかいらない
「お気をつけてお帰りくださいませ」
ゆっくりと丁寧にお辞儀をして、来客を見送る。
「藤波、アリキュウです」
14時過ぎを指す針に、地下のカフェに行こうか、と更衣室に寄って、財布と携帯片手にエレベータを待つ。
-連絡、待っとるぜよ-
10時過ぎのメッセージの後、お返事ください、と言うイラストが届いたのが12時58分。
今からお昼休みです、となんの面白みも無い文章を送る。
チン、とエレベータがついても既読は無く、乗り込もうと顔を上げて踏み出した足が、二の足を踏んだ。
フレックス制の企業も多く、比較的人が乗っていたその箱の奥に彼。
横並びに上を見て話しているのは、彼と同じ部署の同期。
そのとなりで俯いているところを見ると、携帯を弄っているようで、見つかる前に、と早足にエレベータホールを抜けて、柱の陰に立つ。
そう言えば、マサが弁護士だと偽って電話に出てから、彼からも、彼の妹からも連絡が無い、と気づき、まさか、と設定を確認する。
「いつのまに、」
迷惑セールスの電話とともに、着信拒否者リスト入りさせられていた2人の連絡先。
解除しようかと動いた指が止まった。
そう言えば、何が好きで付き合ったんだっけ、と柱にもたれ掛かる。
しばらく考えたが答えは出ず、なぜか、頭に巡るのは銀の髪の彼。
「におう...まさ、はる」
確か、と思い出す。
「まー君」
彼がたまに一人称に使う呼び名に、なんか可愛い、と笑う。
「『まー君』ねぇ」
突然聞こえた声に、ドクン、と心臓が跳ね上がった。
振り返った柱に寄りかかる、チャコールグレーのスーツを着た
「ケータ、」
「なんで電話、出ないの?」
ゆっくりと柱から離れた姿に、後退る。
「はづきにも、連絡返してないよね」
なにしてるの、と歩み寄る彼に、や、と声が漏れる。
「わざわざ早出して、部屋にまで寄ったのに。
見たよ、誰?あんな趣味の悪い車持ってるのは」
趣味が悪いのはそっちの方、と、彼の事を卑下するケータを睨んだ。
「へえ。
一応確認なんだけど、俺たち、別れたの?」
合鍵を置いて行ったお前がそれを聞くか、と呆れと驚きが同時に襲ってきた。
コク、と頷くと、何か言いかけた彼に気づかないふりで、失礼します、と駆け出した。