第5章 生まれ変わって
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「空気を読んで読んで疲れ果てて、ドロップアウトしたOLが沼った隣の部屋の男はDJだったっけ」
「なんの話ぜよ?」
「マンガの話」
取り急ぎ必要なものだけ持ちんしゃい、と言われ、悩んだ末に取り急ぎ必要なのは着替え類のみということで、枕を買った時に取っておいた大きな紙袋に洋服を詰め込む。
クローゼットに入れた引き出しから下着を選ぶ。
「その青い花柄のやつは持っていきんしゃい」
「ぅわっふぁっ!?」
バタンッと引き出しを閉めて振り返る。
「み、見るなっ」
「パンツの1枚や2枚で騒ぐ歳でも無いじゃろう。
バージンでもあるまいし」
「人としての恥じらいはありますっ!」
「あと、割と上下揃っとらんでもそれはそれで興奮するタイプじゃ」
「なんの性癖暴露っ!?」
「猫耳よりうさ耳派ぜよ」
「つけないですよ?」
「つけさせるぜよ」
怖い怖い、と後退する繭結ににじり寄る雅治。
「ちっ近いっ近い」
ムスク系の香りは彼が纏う香水。
車内ではわずかな苦みを含んだグレープフルーツのような香りは、ほんのりと甘みを増してジャスミンを思わせる香りを漂わせている。
「で、仕事のモンは無いのかの?」
パソコンとか、と四つんばいで振り返り部屋を見渡す雅治。
「ただの受付嬢ですから。
通勤服と定期、社員証さえあればなんとかなります」
「そうか」
長居は不要じゃ、と紙袋を肩に掛けると、ん、と手を差し出す。
なんとなく、その手を握りつつ、腕にくっつく。
「マユ、」
頬に触れた手に顔を上げる。
柔らかく重なった唇。
ちゅ、ちゅ、と2回、角度を変える。
「キス、好き?」
そう言って、コツン、と額を当てた顔を見る繭結。
「キス、好き」
「ふふ。上から読んでも下から読んでも同じだ」
「苦楽後の極楽」
「くらく、ごのご、くらく
おおっ!」
「ずっとうずくまって照れるてるてる坊主」
「ず、う...ん?」
「回文にはなってないぜよ」
「違うんかいっ!
めっちゃ考えたわっ」
「プピナッチョ」
「よ、ち...
はっ!嵌められるところだったっ!」
「エロい言葉じゃな」
バシッ!と背中を叩くと、一瞬伸びた猫背が、痛いぜよ、とまた丸くなる。
猫背な所しか見てなかったので、本当は背が高いんだな、と繭結は思った。
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