第1章 出会い
✜
「下手なんですか」
キスやソッチが下手だと言われた、と愚痴ると、鼻で笑われたので、ほかに客がいないのをいいことに、隣に座る彼の胸元を引き寄せて、強引にキスをした。
「どう?下手でしょ」
「確かに、キスは下手じゃな」
さっきまでの敬語とは打って変わって、急に訛った口調でそう言った男をよくよく見ると、銀色の髪が影を作る瞳はアイスブルーだった。
「まあ、よくて20点ぐらいじゃな」
おかしそうに笑った彼が、さっきまでのバーテンダーの彼とは違って見えて、身を引く。
「なんじゃ、キスの特訓でもしてほしかったんじゃろ?」
にや、とした笑いをした男に、うまく手のひらで転がされた気がして、店を出よう、とクラッチから財布を取り出そうとすると、待ちんしゃい、とその手を掴まれた。
「もう閉店時間じゃ。
もう少し、おまんの特訓、付き合うぜよ」
少し下からにこ、と笑う彼の口元にある艶黒子に目を細めた。
✜
「ん、ふっ」
「舌、出しんしゃい」
低い声が脳に響く。
ノロノロと差し出した舌は、じゅる、と言う音とともに食べられてしまった。
「んぅー」
溢れそうになった唾液を器用に口内に運んできた舌が這い回る。
「っはぁ」
くくっと笑う声に、ハッ、と離れる。
どこから取り出したのか。
緑に刺々しい赤い文字が書かれた煙草を咥えてマッチで火を付けると、ほんのりと甘いバニラのような香りの紫煙が立った。
カウンターに乗り出して手にした灰皿に、トン、と灰を落とす。
「ねえ、『におう』って読んでいいの?」
それ、と制服のバーテン服のチョッキの胸ポケットに差した名札の『仁王-Niou-』を指す。
「ああ」
「名前?」
「なわけなかろう」
「下の名前、聞いていい?」
煙草を咥えて向けられた、アイスブルーの瞳。
「マサ」
「マサ、ね」
十中八九、本名ではないだろう、気軽に呼んで、流しに捨てられた花を見た。
「おまんは?」
「...マユ」
自分も、本名を言う気にはならなかった。
「マサとマユ...
漫才コンビみたいじゃのぉ」
おかしそうに笑いながら、さて、と、彼はどこからかキーリングのついた鍵を取り出した。