第1章 出会い
感じねぇんだよな、お前とヤッても
もうちょい、オトコ悦ばせてやろうとかないわけ?
彼が置いていった合鍵があることだけが、昨晩から変わった自宅のベッドに取り残され、裸で向かった浴室でシャワーを浴びた。
ぼんやりと電車に乗り、なんとなく降りた駅でたどり着いたのは路地裏のバー。
飲みやすく度の強いカクテルも3杯目となる頃、カウンターの向こうからチェイサーをくれたのは、銀髪にバーテン服がよく似合う男。
「そろそろ、やめられた方がいいのでは?」
「...フラれた女にお似合いのお酒ってありますか?」
カウンターの向こうで仕事をしていたバーテンを睨む。
カバンから取り出したスマホで「カクテル 飲みやすい 強い」と検索する。
「まだ飲まれますか?」
空にしたグラスを片付けながら聞いてきた銀髪のバーテンダー。
「飲まなきゃ、やってらんない」
「それは...では、一杯、ご馳走します」
「どうして?」
「よほど嫌なことがあったようなので」
手際よく作られたドリンクがカウンターに出された。
「『キス・イン・ザ・ダーク』です」
「ずいぶん色っぽい名前ね」
「お似合いです」
少し笑った口元に艶黒子。
「貴方とキスをしたら、闇に溶け込めそうね」
その口元に、キスがうまそう、と思った。
「試してみますか?」
「本気?」
手にしていたクロスを置くと、カウンターの向こうへ行くバーテンダー。
「今なら逃げられますよ」
跳ね上げになっている一部に手をかけ、ほら、とその先の扉を視線で示す。
昔、「付き合ってはいけない3B男」なんてあったなぁ
バーテンダーとバンドマンと...なんだったかな、とゆっくりと跳ね上げを下げた彼を見る。
コツコツ、と彼が履く革靴が鳴る。
少し扉を開けて外から何かを取ると、カチャン、と鍵をかけた。
「僕も一杯、もらってもいいですか」
とうぞ、と、カクテルグラスに残る暗色の赤を揺らす。
カウンター内に戻った彼が作ったのは、琥珀色のドリンク。
「乾杯くらい、しておきますか」
「そうね」
上品そうなグラスのお酒を一気に飲み干した彼に驚く。
「それで、どうしてフラれたんです?」
初対面の、それもふらりと入ったバーのバーテンダーにする話ではない、とわかっていたが、くくっていたウルフカットの長い襟足を解いた彼に、唇が勝手に動き出した。
