第4章 恋人-TRICK STAR-
「すみません、はい。いえ、欠勤で...はい。
ご迷惑おかけします、はい。失礼します」
お大事に、と切れた電話に、はぁ、とため息。
「仮病休みとか」
もう、と項垂れる。
「世の中には『失恋休暇』じゃの『推し活休暇』じゃの取れる企業もある。
仮病程度で気に病むことないぜよ」
ポン、とぶつけた頭に優しく乗る手。
「慰め、ありがとうございます」
さっき見たあまりにひどい顔を思い出して、俯く。
「ええ天気じゃ。散歩がてら、飯でも食うぜよ」
今度はちゃんと梯子を使って降りたマサを見習って、ゆっくりと降りる。
「顔でも洗ってきんしゃい」
「すいません、お言葉に甘えて」
ありがとうございます、と指差された方へと向かう。
✜
「はぁぁあ」
洗面台に両手をついて項垂れる。
(ヤッては無い、はず...
いやっヤッてない!でもやらかしはしたっ)
最悪だ、と顔を上げた鏡の中には。
「ブッス」
あまりにひどい顔。
落とした視線の先に、歯ブラシが1本入っているコップと中身があるのかもあやしい歯磨き粉のチューブ。
隣には、買い換えたばかりなのかほとんど減っていないシェービングジェル。
感電など気にしないのか、充電コードに繋がったままの電気シェーバーは洗面槽に転がり落ちているが、そこに水垢や髪の毛などの汚れは無い。
正面の鏡には枠があるのに気づき、少し躊躇ってから(彼女さんのメイク落としとかないかな)と開く。
「え、」
3枚の鏡の内、一番大きな鏡の奥は予想通り戸棚になっていたが、その中にぎっちりと整理整頓されたメイク道具に驚く。
数種類の下地やBBクリーム。
ファンデーションはリキッド、クッション、パウダー。
アイラインからマスカラはプチプラからデパコスまで。
(メイキャップアーティスト?)
美容師、とか頭を過ぎり、バーテンダーは夜だけで昼職を別で持っているのかもしれない、と扉を閉めた。
「マユ」
「ひゃぁあいっ!?」
ビクゥッ!と跳ねて、開いた横の引き戸に顔を向ける。
「な、なんでしょうか?」
「向かって左の扉にメイク落としがあるぜよ。
真ん中には化粧品がある。
右にビューラーとアイテープとヘアアイロン。
ストレートとカールの2wayじゃから、好きに使いんしゃい」
「あ、ありがとうございます」
誰のもの?とは聞けなかった。
