第5章 無一郎の屋敷にて
「……うん、やっぱりこっちの方がいい」
紐を結び終えた彼は、私の肩に手を置いたまま、顔を覗き込んできた。
至近距離で合う、霞がかったような美しい瞳。まつ毛の長さまで鮮明に見えるほどの距離に、心臓の鼓動が耳の奥まで響いてくる。
「冨岡さんの羽織は大きすぎて、君が溺れてるみたいだった。……僕のは、ぴったりだね」
そう言って、彼は私の頬に触れるか触れないかの距離で、指先を滑らせた。
その指先は少し冷たくて、けれど触れられた場所が熱を帯びていくのが分かる。
「ねえ、。これからは何かあったら、まず僕のところに来て。……いい?」
無表情なはずの彼の瞳に、一瞬だけ、強い光が宿った。
それは、昨日お館様の屋敷で見せた「無関心な少年」の姿とは明らかに違う、一人の女の子を繋ぎ止めようとするような、独占的な眼差し。
「……わ、分かった。約束するね、無一郎くん」
私が震える声で答えると、無一郎くんは満足そうに、ほんの少しだけ口角を上げた。
それは義勇さんの「鮭大根スマイル」とはまた違う、年相応の少年のようでいて、どこか危うい魅力に満ちた微笑みだった。
「約束だよ。……忘れたら、お仕置きだからね」
冗談なのか本気なのか分からない言葉を口にしながら、彼はようやく手を離した。
けれど、彼に触れられた場所がいつまでも熱く、私は新しく借りた羽織の裾をぎゅっと握りしめることしかできなかった。
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