第1章 死にたがりに口づけを
遠くで車のクラクションが鳴ると、カナタは急に現実に引き戻されたように俯いた。
「死が身近な仕事ってさ、どうしても気が滅入っちゃうんだよね」
また話題を唐突に変えてくるが、カナタという人間に馴れてきた天使の悪魔はそっけなく返した。
「まあ、そうだろうね」
「こんなに毎日辛いのに、世界は残酷だよ。あたしがいなくてもこの世界は回る。もし死んじゃっても、ほんのちょっと誰かが不便になるだけで、また元通り。こんなに頑張ってるのに」
「そんなに言うならやめたら?仕事」
日々心を摩耗させ、支離滅裂な愚痴を言うぐらいなら辞めればいい、逃げられるのなら逃げればいい、そう思っての意見だった。
「簡単に言わないでよ」
カナタは悪魔相手に、貯金無いだの、次の転職先見つけないとだの、人間の世知辛さを打ち明ける。
それに対し、天使の悪魔はポロリと本音を漏らした。
「僕も本当は田舎でスローライフがいいけど、辞められないし逃げられない」
「公安ってそんなブラックなの?」
未知の世界への好奇心にカナタは食いついた。
「捕まったが最後、この地球上、僕の逃げ場なんてないのさ」
言った直後、天使の悪魔は後悔した。民間人相手に話しすぎてしまった。公安に所属している悪魔は兵器として扱われる。不必要に民間人とは関わってはいけないはずだった。
「へぇ〜、悪魔さんも大変なんですねぇ」
「協力」なんて名ばかりで、自由など与えられず、逃げ場もない。誇張ではなく事実だったが、当然ながらそれはカナタには伝わっていないようだった。