第1章 死にたがりに口づけを
「キミ、悪魔なんでしょ?」
「うん」
「どうしてあたしを殺さないの?」
「めんどくさいから」
「怠惰の悪魔?」
天使の悪魔はアイスのコーンをむしゃむしゃ食べながら、片手で頭の光輪を指差した。
「天使。見た目でわからない?」
「そうかなとは思ってたけど、だって、全然中身が伴ってないよ」
「キミもね。白衣の天使なんて柄じゃないよね」
と言いながら、自身が公安に協力している悪魔だと明かした。
「僕は公安に所属してるから、残念ながらキミの仕事を減らすのが仕事なんだ」
「そうなんだ。そういえば、その黒いスーツ、デビルハンターのだね」
「今さら?」
「翼と頭のわっかばっか目に入っちゃって」
カナタは立ち上がり、天使の悪魔をまじまじと見つめた。
「でもようやく分かった。悪魔なのに、人を殺すと叱られちゃうから、あたしを殺せないんだ」
ふざけ半分にニーッと笑ってみせてから、なぜだか表情が暗くなる。「悪魔か…やっぱり…」と残念そうにこぼした。
そんなカナタを見て、天使の悪魔は呆れたように嘆息する。
「もしかして、本物の天使だって期待してたの?」
「ちょっとだけ。迷えるあたしを迎えに来てくれたのかなって」
カナタはフェンスに指を引っかけて、地上を行き交う人々を蟻の巣を観察するように凝視する。さっきまで自分が、目下の風景の一部だったのを思い出しながら。
「そういう古いアニメあるでしょ?愛犬と共に亡くなった貧しい子に、天使がひらひら舞い降りて天国に誘ってくれるの」
カナタにとって、天使というものはそういうイメージらしい。
人々の恐怖が悪魔を強くするのだから、少しくらい畏怖が混ざっていて欲しいもんだと、天使の悪魔はぼんやりと思う。
「美味しそうに食べるね」
コーンの持ち手部分をかじり始めると、カナタは急に話題を変えた。
「あげないよ」
「いらないよ」
脈絡のない会話、コロコロと変わる表情に振り回されて、天使の悪魔は少しムッとした。面倒なはずなのに、なぜだかカナタが気になってしまう。この感覚はなんなのだろう。
「ああ美味しかった」
アイスを食べ終わり、天使の悪魔がわざとらしく空いた片手をひらひらと見せつけると、カナタはふざけて芝居がかった悔しげな顔をした。