第1章 死にたがりに口づけを
カナタはにらめっこと勘違いでもしたのか、口を尖らせてむくれたあと、降参するようにフッと柔らかく微笑んだ。
「……じゃあね、天使くん」
くるりと背中を向けて、出入口のドアに手をかける。
「——あのさっ」
声で背中を捕まえる。
振り返ったカナタは、天使の悪魔の瞳にはどこか寂しそうに映った。
「なに?」
羽ばたいて、一陣の風と共にカナタの前へと舞い降りる。決して触れられぬよう距離を保っていたのに、無意識のうちに自ら近づいていた。
手を伸ばせば届く距離で、見つめ合う二人。
身長がほとんど同じだと、天使の悪魔はこの時初めて知った。髪の毛の長さも同じくらい。違うのは、男と女という性別と、悪魔と人間という、本来は決して相容れない種族だということだけ。
「また——」
天使の悪魔が言葉を言いかけた刹那、びゅう、と風が吹き荒ぶ。天使の悪魔は、カナタに触れぬよう慎重に翼を広げ、両翼を盾のようにして風からカナタを庇った。
「またサボりたくなったらここへ来なよ」
そう告げた言葉は、強風にかき消されカナタの耳には届かなかった。
「え…なんて言ったの?」
「また……なよっ」
「え?なに!?」
「だから——」
もどかしくなり、言葉を簡略化して叫ぶ。
「また会おうよ!」
叫んだのと同時に、狙い澄ましたように風が止まった。
ポカンと口を開けるカナタ。
思いもよらぬ展開に、天使の悪魔は風を呪った。
照れくささを誤魔化すように睨むと、カナタは悪戯っぽく笑う。
「じゃあ、私が仕事サボれるように、天使くんもしっかり働いてね」
「…っ!」
予想外の返答に、天使の悪魔は眉を上げた。
まるでこれじゃあ、僕が一方的に会いたいみたいだ。と、心の中でぼやく。
「サボりはほどほどにね」
「キミこそね」
天使の悪魔は、翼を大きく広げてふわりと上昇した。
微笑みながら手を振るカナタに、天使の悪魔も微かに口角を上げ、そして夕闇に飛び立った。