第1章 死にたがりに口づけを
人間は、脆くて弱くてほっといてもすぐ死ぬ。
そんなのは分かりきっていたはずだった。
翌日だった。病院を悪魔が襲っているという通報を受けたのは。
現場に到着し、先陣を切っていた早川は、悪魔に行手を阻まれ応戦していた。
「お前は奥にいる悪魔を頼む。瓦礫の向こうで悲鳴がした」
「え〜めんどくさいなあ…」
「俺もすぐ追うから先に行っててくれ」
気怠げな視線を奥へと投げた瞬間、天使の悪魔は凍りついた。
巨大な悪魔が人間を握り潰している。
「五年使用」
祈りを捧げながら、瞬時に槍を生み出し飛ばす。槍は悪魔の頭部に突き刺さった。致命傷を受けた悪魔は、手の力を緩めて人間を瓦礫の上へと落とす。
天使の悪魔が羽ばたいて急降下し、瓦礫のそばへと舞い降りた時、まだカナタの意識はあった。
「…天使…く、ん…」
呼吸は震え、顔は青ざめている。骨を折られ、何本も内臓に突き刺さり、命の灯火は今にも消えてしまいそうだった。
「しごと…して、る…の?」
こんな時に仕事の話なんて、やっぱりこの子は変だと思った。変なのに、腹が立つのに、だけどそれが愛しかった。
「助けに来たんだ」
カナタは微かに首を振る。何人もの人間を看取ってきた彼女は、自分がもう助からないことを悟っていた。
「あたしの血…もらって…」
伸ばされた手を掴みたい。ボロボロになったその身体を抱きしめたい。
けれど天使の悪魔は躊躇する。
「あたし、最後にね…キミの役に、立ちたい…」
振り絞るようにそう告げた刹那、カナタの口元から鮮血が溢れ落ちた。
消えてしまう。カナタの命が尽きてしまう。
せめて最期は苦しまないように、苦痛に顔を歪ませたカナタの手を強く握り締めた。カナタの瞳からぽろりと雫が落ちる。
——やっぱりキミは天使だったんだね。
心にカナタの言葉が響いた気がした。
「おやすみ、カナタ…」
残酷なほど紅く鮮やかに染まった唇にキスを落とし、両手でカナタを抱き上げる。
天使の悪魔の腕の中で、カナタは安らかに、眠るように、救われたように。
安らぎに満ちた表情で、首をがくりと落とした。
「やっぱり、仕事なんてサボればよかったんだよ」
そう皮肉っても、もうカナタには届かなかった。