第1章 君の影
否定しようとすればできるはずなのに、その言葉は出てこない。
――悪くねぇ反応だ。
甚爾はさらに距離を詰め、片手を彼女の肩に置く。
甚「……お前が案内してくれて、色んなことを思い出した。やっぱり、お前が傍にいるのが1番落ち着く。」
彼女は息を呑み、揺れる瞳をこちらに向けた。
そこにはまだ戸惑いが色濃く残っているが、拒絶の色は薄い。
――良いぞ、このまま感情を絡め取る。そうすりゃ、俺の質問にも迷わず答えるようになる。
甚「信じられないなら、これから証明してやるよ。」
甚爾はそう囁くと、ゆっくりと手を離し1歩下がった。
壁際から解放された彼女は、しばらくその場で立ち尽くしていたが、やがて小さく息をつき、ぎこちなく笑った。
「……ほんと、悟って昔から急なんだから。」
その声色には、さっきまでの疑念が少し和らいでいる。
甚爾は悟の顔で軽く笑い返しながら、心の中で勝利を確信していた。
――これで、こいつは俺の掌の上だ。あとは上手く転がして情報を引き出すだけ。
古びた教室に残るのは昼下がりの静かな光と、互いの視線だけだった。
また壁際に追い詰め、甚爾は女の顔を覗き込んだ。
距離はわずか十数センチ。
彼女の吐息が頬に掛かり、わずかな緊張と甘い匂いが入り混じっている。
視線を唇へと落とし、そのまま顔を近づけ――
硝「悟ー、なにやってんの?」
突如、軽い調子の女声が教室の扉から響いた。
ふと顔を向けると、そこには硝子が立っていた。
制服のポケットに手を突っ込み、片眉を上げてこちらを見ている。
女は反射的に甚爾から視線を外し、赤くなった頬を隠すように俯いた。
甚爾は一瞬だけ舌打ちしそうになるのをこらえ、悟の緩い笑みを貼り付け直す。
甚「んー? 別に? ただ案内してもらってただけ。」
硝「……ふぅん。その距離感で?」
硝子の声は淡々としているが、視線は鋭い。
完全に怪しんでいるのが分かる。