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俺の名は

第1章 君の影


案内が始まってから1時間ほど経っただろうか。

女は、慣れた足取りで校舎の端から端までを説明してくれた。

訓練場、図書室、呪具庫の外観、教員室、医務室――。

甚爾は悟の姿のまま、その全てを飄々とした態度で受け止めながらも心の奥では1つ1つ位置や出入りの状況を刻み込んでいた。

最後に案内されたのは、校舎の4階にある小さな教室だった。

「ここで全部かな。昔は授業でも使ってたけど、今は会議とか資料置き場にしてるだけ。」

彼女がドアを押し開けると室内には窓から淡い光が差し込み、壁際には古びた本棚が並んでいる。

埃っぽい空気が漂い、人の出入りはあまりないようだ。

女は部屋の奥まで入り、窓際に立って振り返った。

「これで案内は終わり。……って、悟?」

甚爾は入り口から1歩、また1歩と足を踏み入れた。

靴底が床板を踏む音が静かな室内に響く。

笑みを浮かべたまま、まっすぐ彼女へ近づいていく。

「……なに?」

後ずさった女の背中が、壁に触れた。

逃げ場がなくなったのを確認して甚爾は腕をつき、壁際に追い詰めた。

至近距離で見る彼女の瞳は、不安と戸惑いに揺れている。

甚爾は悟の姿のまま、その視線を真っ直ぐに受け止め口元だけで笑った。

甚「なぁ、お前……気づいてるか?」

「な、何を……?」

甚「俺が、昔からお前のことが好きだったってこと。」

その言葉に、彼女の瞳が大きく見開かれる。

頬がわずかに赤くなり、息を飲む音が聞こえた。

もちろん、それは甚爾の本心ではない。

だが、こう言えば相手の警戒を別の方向に逸らせる。

恋愛感情を匂わせれば、妙な違和感も“緊張してるから”に置き換えられる。

同時に相手の感情を揺さぶり、懐に入り込むチャンスにもなる。

女は視線を泳がせ、言葉を探しているようだった。

「……急に、何言って……。」

甚「急じゃねぇよ。ずっと前からだ。」

悟の低くも軽やかな声色で、しかし中身は甚爾の計算されたトーン。

押し付けるように響かせれば、相手の心は揺らぐ。

甚「お前、昔から俺のこと色々知ってんだろ? そういう所、見せるの特別な相手にしかできねぇだろ。」

彼女は唇を噛んだまま、視線を逸らした。
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