第6章 ほどける心
夕暮れ時、商店街の灯りが一斉に灯りはじめる。
澪は紙袋を両手に抱えながら、舗道をゆっくり歩いていた。
袋の中からは、野菜と調味料の香りがほのかに混ざり合って漂っている。
今日は人通りが少ない。
夏の湿った風が頬を撫で、街の喧騒が少し遠くに感じられる。
「……早く戻ろ。」
独り言のように呟き、足を速めたその瞬間――
ガシッ、と右腕を強く掴まれた。
「っ……!」
振り向く間もなく体が引き寄せられ、視界の端に入り込んだのは暗い横道。
抵抗するより早く、背中を押されるように狭い裏路地へと引きずり込まれていく。
「離して……っ!」
声を上げようとした唇は次の瞬間、冷たい掌に押し潰された。
息が喉で詰まり、空気が吸えない。
呪「……静かに。」
耳元で低い声が囁く。
それは人間の声だった。
いや――
あまりに自然で、ぞっとするほど人間的だった。
路地の薄暗がりに目が慣れてきたとき、澪は掴まれている相手の顔を見た。
青年――
そう形容するのが正しい。
20代半ばほどに見える整った顔立ち、無造作に落ちる前髪、街中で見かけても違和感のない服装。
(……人間?)
しかし、その目だ。
真っ黒でもなく血のような赤でもない。
透明な色の奥に、ぐにゃりと形を変える何かが蠢いていた。
見てはいけないと本能が告げるのに、視線を逸らせない。
呪「やっと見つけた。」
男は微笑んだ。
唇が動くたび、その奥に見える歯が妙に長く鋭く見える。
呪「……俺は“入れ替わり”の呪霊。」
耳元に響く声は落ち着いていて、しかし芯に冷たい刃のようなものを含んでいた。
呪「他人の体も、記憶も、感情も――全部、俺のものにできる。」
息が詰まる。
澪は無意識に腕を振りほどこうとするが、指1本動かせない。
その力は人間のものではないのに、触れている感触は人の肌そのもの。
呪「お前、知ってるだろう?」
男は顔を近づける。
呪「最近……誰かの様子が、おかしいって。」
胸が強く跳ねた。
(悟と甚爾……!)
呪「そう、その反応。」
男は楽しげに笑い、口元を押さえる手にわずかに力を込めた。
呪「俺がやった。」
路地の空気がさらに重くなる。