第6章 ほどける心
硝子はそんな2人の温度差に気づいているのかいないのか、コーヒーをひと口飲む。
硝「まぁ……用事があるのは夜蛾先生だったんだけど、急用で出ちゃったからね。資料探しなら、私が手伝うけど?」
甚「いや、大丈夫だ。」
甚爾は即答し、澪にだけわずかに視線を落とす。
その目は、硝子には見せない種類の光を宿していた。
――“続きは後で”と言わんばかりに。
澪は息を詰め、その視線を振り払うようにファイルを閉じた。
「じゃあ……もう十分だから、戻る。」
早口でそう告げ、棚の間をすり抜けようとする。
しかし、そのすれ違いざま、甚爾が低く囁いた。
甚「……逃げるなよ。」
その声は硝子には届かない程度の音量で、しかし耳奥に焼き付くほど強く響いた。
ドアの外に出た瞬間、澪は胸を押さえた。
ほんの数分前までの密着感と硝子の視線の間で、心臓が落ち着かない。
後ろを振り返れば、扉の隙間からまだ甚爾がこちらを見ていて
――その笑みは、ますます意地悪に深まっていた。
硝「……やっと、自分の気持ちに素直になったのか?」
夕陽が長く伸びた影を廊下に落とす中、硝子の低い声が響く。
その目はからかい半分、探るような光半分で、まっすぐ甚爾を射抜いていた。
甚爾はしばらく黙ってその視線を受け止めていたが、ふっと口元を緩めた。
そして、まるで何でもないことのように――
甚「……ああ。好きだ。」
と、短く告げた。
硝子の眉がわずかに動く。
硝「へぇ、珍しいじゃん。あんたがそんな真面目な顔で言うなんて。」
甚「嘘ついても意味ねぇからな。」
甚爾はポケットから手を抜き、ゆっくり歩き出す。
甚「これ以上、隠す理由もねぇ。」
硝子は追いかけるでもなく、その背中をしばらく見送ってから肩をすくめて逆方向へ歩いていった。
硝(……本当に素直になったんだ。)
彼女は小さくため息をつき、廊下の角に消えた。