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俺の名は

第6章 ほどける心


甚爾の手が腰にしっかりと回り込み、距離はもう数センチもない。

逃げようと思えば逃げられるはずなのに足は棚の前で硬直し、背中は冷たい金属に貼りついたまま。

悟の顔で迫られる――

その事実だけで心拍が乱れ、息が浅くなる。

甚「……ほら、また目、逸らせねぇだろ。」

囁く声が熱を帯び、視線が唇に落ちた。

次の瞬間には彼の顔がさらに近づき、吐息が頬に掛かる。

触れられる――

そう思った刹那。

ガチャリ。

重い鉄扉が、内側からではなく外側から押し開けられる音が響いた。

硝「……あれ? 2人ともこんなとこで何してんの?」

のんびりとした声と共に入ってきたのは、硝子だった。

手にはポケットからはみ出たカルテと、湯気の立つ紙コップのコーヒー。

「……っ!」

澪は反射的に甚爾の胸を押し、距離を取った。

だが、あまりにも急で、その仕草はかえって不自然だった。

甚爾はといえば――

まるで何事もなかったように片手をポケットに突っ込み、涼しい顔で棚にもたれている。

むしろ唇の端がわずかに吊り上がり、明らかに状況を楽しんでいるようだった。

甚「調べものだよ。な? 澪。」

わざとらしく肩越しにこちらを振り返る声に、澪は一瞬言葉を失った。

「……そ、そう。資料を……探してたの。」

かろうじて答えると、硝子は怪訝そうに片眉を上げた。

硝「資料? そんなに急ぎの?」

「……ま、まぁ……。」

曖昧に濁すが、胸の奥ではさっきまでの緊張がまだ脈打っている。

硝子はゆっくりと室内を見渡し、2人の立ち位置に目を留める。

硝「……なんか狭いところで随分近かったみたいだけど。」

その言葉に、澪は思わず視線を逸らした。

甚爾は片手を口元にやり、くすっと笑う。

甚「俺は別に、近づくなって言われてねぇしな。」

その軽口は悟の声色そのままで、しかし中身は甚爾の悪戯心が丸出しだった。
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