第4章 本物の熱
甚爾はソファの背もたれに片手を置き、少し身を屈める。
甚「この間のこと……覚えてるだろ。」
低く落とした声は悟のものなのに、纏う空気はまるで違う。
獲物を見定める捕食者のような、濃密な視線。
澪は一瞬、息を飲んだ。
「……やめて。あれは――。」
甚「事故だった、ってか?」
言葉を遮るように、甚爾が口角を上げた。
甚「俺はそう思ってねぇ。」
その言い方には、あの日の記憶を鮮明に引き寄せる力があった。
理性を振り切るように交わった夜――
澪は思わず目を逸らす。
「忘れた方が良い。」
甚「忘れられるわけねぇだろ。あの時のお前の声も、顔も……全部刻みついてんだ。」
甚爾は、ソファの脇から回り込むようにして澪の前に立つ。
その距離は、腕を伸ばせば触れられるほど近い。
悟の長身が影を落とし、その顔立ちの整いすぎた輪郭が彼女の視界をほぼ占めた。
「……やめて。」
声はかすれていた。
本当は外見が悟でなければ、ここまで心を乱されることもないはずだった。
だが、今目の前にいるのは――
悟の姿をした甚爾。
理性と感情の境界が、ひどく曖昧になる。
甚爾の手が、ゆっくりと彼女の頬に触れる。
甚「逃げねぇのか?」
「……逃げたって、どうせ追ってくるでしょ。」
思わず漏れた言葉に、甚爾は喉の奥で笑った。
甚「そういうところ、変わってねぇな。」
指先が顎をなぞり、軽く持ち上げられる。
視線が絡み、互いの吐息が触れ合う距離。
甚「この体、便利だな……お前、俺だって分かってても、ちょっと迷ってるだろ。」
澪は返事をしない。