第3章 偽物の指先
互いの存在を測るような視線が交差し、そして甚爾が肩をすくめた。
甚「良いぜ。俺もずっとこの体じゃ落ち着かねぇ。手を組むか。」
悟「……お互い、余計な真似は無しだ。」
悟はそう言って手を離す。
だが、内心の苛立ちはまだ消えていなかった。
夜の道を並んで歩く2人。
外見は完全に逆転しているが、その歩き方や雰囲気は不思議と本来の本人のものを宿している。
悟は元の体に戻る方法を探すための手掛かりを思案しながらも、玄関先で見た光景を何度も思い返していた。
――絶対に、あんな真似は2度とさせねぇ。
日が傾き始めた街を、2人は人目を避けるように歩いていた。
悟――
いや、今は甚爾の体に入ってしまっている彼はビジネスホテルや短期滞在用のウィークリーマンションの看板を1つずつ目で追いながら、ここならしばらくの間は潜伏できそうだと心の中で候補を絞っていく。
悟「……やっぱ、広めの部屋じゃないと落ち着かねぇな。」
低く響く声は、自分のものではない。
聞き慣れない響きが喉から漏れるたびに、改めて“自分は甚爾の体の中にいる”という現実を突き付けられる。
そんな時だった。
背後から、不意に名前を呼ぶ声が響いた。
「……悟?」
振り返ると、そこに立っていたのは見慣れた女――
澪だった。
少し息を弾ませているのは走ってきたからか、それとも別の理由か。
薄く開いた唇から、戸惑いと警戒が入り混じった息が漏れていた。
「……あんた、どういうつもり?」
声は静かだったが、その瞳はまっすぐに悟を――
いや、甚爾の顔を見据えている。
悟は一瞬、言葉を失った。
どう説明しても信じてもらえる可能性は低い。
それでも、ここで黙ってしまえばさらに疑念を招くだけだ。
悟「落ち着け。俺は……悟だ。」
口に出した瞬間、その低く乾いた声が自分の耳にも奇妙に響く。
澪は眉をひそめる。
「……何言ってるの? だってその顔……。」
悟は周囲を見回し、人気の少ない路地裏に彼女を促した。
そこで簡潔に、しかしできる限り真剣に事情を話す。