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俺の名は

第3章 偽物の指先


女「……じゃあさ、その優しいモード、今からもうちょっと続けてくれない?」

悟「……何の話だ。」

女「何って……ホテル。近くに、良いとこあるんだ。」

女は悟の腕に絡みつく。

柔らかく温かな感触と、香水の匂いが一気に鼻腔を満たす。

悟は心の中で舌打ちした。

高専へ行く予定が、予期せぬ方向へ転がりそうだ。

悟「……急ぎの用があるんだけど。」

女「どうせそんなに急ぎじゃないんでしょ? いつもなら“時間ねぇ”とか言って断られるのに……今日は違うんだもん。」

悟は少しだけ考える。

甚爾がどう対応してきたかは知らないが、急に突き放せば怪しまれる可能性がある。

彼女の口から甚爾に関する情報が得られるかもしれない――

そう判断し、悟は小さくため息をついた。

悟「……わかった。少しだけだ。」

女「ふふ、やっぱり。たまにはそうじゃなきゃね。」

女は嬉しそうに悟の腕を引き、繁華街の細い路地へと導いた。

ネオンの看板が並ぶ一角に入ると昼間でも薄暗く、扉の奥からは微かな音楽と甘い匂いが漏れてくる。

女「ここ、いつも行ってるとこ。」

悟「……そうか。」

女は慣れた様子でフロントに名前も告げず、カードキーを受け取るとエレベーターへ向かう。

悟は無言でその後をついていった。

密閉されたエレベーターの中、女は上目遣いで悟を見上げ唇の端を舐める。

女「ねぇ、今日の甚爾……なんか違う。優しいし、目が……怖くない。」

悟「そうかもな。」

女「うん……そういう方が、好きかも。」

チン、と軽い音が鳴りエレベーターが止まる。

女はカードキーを差し込み、部屋の扉を開けた。

その瞬間、悟は自分の胸の奥で静かな警戒心が芽生えるのを感じた。

――これはただの遊びじゃない。

相手の記憶と自分の行動の差が、いつか大きなほころびを生むかもしれない。

だが、その一方で甚爾の体に流れる血の熱さが妙な高揚感を伴って鼓動を早めていた。
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