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俺の名は

第3章 偽物の指先


悟は窓際に腰を下ろし、深呼吸をした。

筋肉の収縮が普段よりも大きく、息が腹の奥まで入り込む。

視界は妙に鮮明で、音の遠近もはっきり聞こえる。

――これが、甚爾の身体能力なのか。

しかし感心している場合ではない。

この体をどう扱うか考えなければならない。

鏡の中で鋭い目をした“自分”を睨み返し、悟は低く呟く。

悟「……悪いな、てめぇの体。ちょっと借りる。」

その声は、冷たくも決意を帯びていた。

そして伏黒甚爾の体を纏った五条悟は、外の世界へ踏み出す準備を始めた。






舗道を踏みしめるたび、靴底から伝わる感覚が妙に重い。

――これが、伏黒甚爾の足の力か。

身体能力の高さに感心しつつ、悟は高専へ向かっていた。

自分の体に戻る方法を探すには、まず情報を集めなければならない。

昼下がりの繁華街、店先から漂う甘い香りや油の匂いが混ざる。

通行人がすれ違うたび、ちらりとこちらを見ては視線を逸らす。

甚爾の威圧感が、ただ歩いているだけでも人を遠ざけるのだろう。

女「――あれ? 甚爾?」

背後から、軽やかな女性の声がした。

悟が振り返ると、そこには派手な化粧と艶やかな黒髪を揺らす女が立っていた。

スリットの入ったスカートから覗く足は艶やかで、胸元の開いたブラウスからは香水の甘い匂いが漂ってくる。

悟「あー……。」

反射的に声が漏れたが、もちろん悟にこの女の記憶はない。

女は笑みを浮かべ、近寄ってくる。

女「何よ、こんな時間に街歩きなんて珍しいじゃない。連絡もくれないし……また誰かの依頼?」

依頼、という言葉に悟は内心引っ掛かった。

どうやら、甚爾が普段会っていた女らしい。

関係は軽く、深く踏み込まない――

そんな空気が漂っている。

悟「……まぁ、そんなとこ。」

とりあえず曖昧に答えると、女は目を細めて見上げてきた。

女「ふぅん……なんか今日は雰囲気違うね。」

悟「そうか?」

女「うん、いつもはもっと……冷たいっていうか、そっけないじゃない。今日は、ちょっと優しい。」

悟は思わず口元を歪める。

なるほど、甚爾は普段かなり無愛想らしい。

だが今の悟は人間関係を壊す気もないし、相手を必要以上に突き放す理由もない。

悟「まぁ……気が向いたんだよ。」

低い声でそう返すと女は唇の端を上げ、挑発的な笑みを浮かべた。
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