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俺の名は

第3章 偽物の指先


記憶を掘り返そうとするが、途中から靄が掛かったように途切れている。

嫌な胸騒ぎが広がった。

その時、壁際に置かれた姿見が目に入った。

――嫌な予感がする。

悟は重たい足取りで鏡に近づき、恐る恐るその中を覗き込んだ。

悟「……っ!」

そこに映っていたのは、五条悟ではなかった。

黒く艶やかな髪が額に掛かり、切れ長の深緑色の瞳が鋭く光っている。

輪郭は鋭く、肩幅は広く厚い筋肉が胸から腕へと連なっている。

そして――

右側の口元には白く固まった古傷が1本、無骨な線を描いていた。

まるで肉を裂かれ、長年癒えた跡のように。

悟「……伏黒……甚爾……?」

名前を口にした瞬間、背筋を冷たいものが走る。

鏡の中の男は紛れもなく、かつて何度も相対した伏黒甚爾だった。

あの冷酷な眼差し、肉食獣のような威圧感。

何度も死線で感じた気配が、今は自分の内側から発せられている。

悟は震える手で顔に触れた。

ざらりとした古傷の感触が指先に伝わる。

痛みはないが、その存在感は強烈だ。

頬から顎にかけての形も、自分のそれとはまるで違う。

次に両手を見下ろす。

節の太い指、厚く硬い掌、手の甲に浮かぶ血管。

試しに握ったり開いたりしてみると、筋肉の動きまでもが自分とは別物だ。

足を踏みしめれば、重心の置き方も違う。

悟「……マジかよ。」

呟きは低く響き、胸の奥まで震わせる。

これは夢ではない。

皮膚の感触、筋肉の重み、呼吸の深さ……

全てが現実そのものだ。

悟はしばらく鏡の前で立ち尽くした。

この体――

伏黒甚爾のものを動かす自分。

もし本当に入れ替わっているなら、甚爾本人は今……

五条悟の体で何をしている? 

あの狡猾で破壊的な男が、自分の力を手に入れたら――

悟「……っ、やべぇ。」

心臓が嫌な音を立てた気がした。

まずは状況を把握する必要がある。

高専の仲間に連絡を……

そう考えたが、この部屋には電話もスマホもない。

棚を開ければ、金の入った封筒や古びた武器ばかり。

現代的な生活とはかけ離れている。
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