第3章 偽物の指先
廊下に2人だけが残った瞬間、澪は小さく息を吐き出した。
「……ほんと、やめてよ。」
甚「何を?」
「……そうやって、昨日のこと茶化すの。」
甚「茶化してねぇよ。」
甚爾はゆっくりと彼女との距離を詰める。
逃げ場を探すように1歩後ずさる澪。
その腰に、ふいに大きな手が回された。
「――っ!」
温かくも力強い掌が、布越しに腰骨を包み込む。
ほんの少し指先が動き、くすぐるように腰のくびれをなぞった。
甚「昨日みたいにさ……俺から逃げられんのか?」
低く囁かれた声は、周囲に誰かがいればただの冗談にしか聞こえない。
だが耳元に掛かる熱と、その手の圧だけで昨夜の記憶が鮮明に蘇ってしまう。
「……悟、だよね?」
やっとのことで絞り出した問いに、甚爾は軽く笑った。
甚「当たり前じゃん。ほら、俺の顔、よく見ろ。」
覗き込んでくる瞳は、悟そのもの。
けれど奥底にちらつく光は、彼女だけが知る別の男のものだった。
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――意識が浮上する。
まぶたを開いた悟は、まず天井を見た。
だが、そこにはいつもの高専の白く均一な天井はなく年季の入った木目が並び所々に染みが浮かんでいる。
かすかに埃と畳の香りが鼻をくすぐった。
悟「……どこだ、ここ?」
寝ぼけたように呟いた自分の声に、悟は違和感を覚えた。
低い。
重たい響きが喉から漏れている。
まるで別人の声色だ。
反射的に喉元へ手を当てると筋肉の付き方も、手の大きさも記憶の中の自分とは違う。
起き上がって辺りを見回せば畳敷きの部屋の隅には無造作に置かれた刀や武器袋、脱ぎ捨てられたシャツやジャケット。
生活感はあるが、整理整頓とは縁遠い空間。
高専の自室とはまるで別世界だ。
悟は徐々に、ただならぬ状況だと悟る。
昨夜、何をしていた?