第3章 偽物の指先
翌朝。
澪は研究棟の廊下を歩きながら、胸の奥が微妙に重たく感じていた。
目の前に広がる光景はいつもと同じ――
学生や術師たちが行き交い談笑や足音が響く、何の変哲もない日常。
けれど自分の視界の端に“彼”が映った瞬間、心臓が大きく跳ねた。
――悟。
いや、悟の姿をした……
あの夜の、彼。
昨日の熱を孕んだ吐息や耳元に低く落ちた声が、思い出したくもないのに脳裏をよぎる。
普通の悟なら絶対にしないような、獣じみた迫り方。
笑顔の裏に潜んだ、ぞくりとするような支配的な視線。
(……あれは、何だったの……)
気まずさと妙な胸のざわめきが入り混じり、澪は反射的に進路を変える。
悟と視線が合わないよう、廊下の端へと避けるように歩いた。
甚「おーい。」
背後から、やたら軽い声が飛んできた。